第4話 交渉と目的

「あたしさ、人を殺した事あるんだよね」

 吐く息凍る、冬の帰り道。

 二人で肉まんを食べながら、歩いていた時だった。

 まるで昔やっていた習い事を話す様な軽い口調で、凛はなんの前触れもなく唐突に告げた。

「は…?えっと、それは…」

「ゲームとかの話じゃないよ。本当に生きてた人達」

 私が言おうとした事を先取りして凛は否定した。

「だからあたしに優しくしなくていいよ」

 凛は食べ終えた肉まんの包み紙をくしゃくしゃに丸めてポケットに入れた。

 ああ、またそうやってゴミをポケットに入れる。凛のポケットにはハンカチやティッシュよりもお菓子のゴミが入っている事が多い。

 私がそんな場違いの事を考えているとは気づきもせずに、凛はこちらを真っ直ぐ見据えて言った。

「人に優しくしてもらう価値、あたしにはないから」

 

 この時私はなんて返したんだっけ。

 まだ凛と仲良くなる前の、出会ってから最初の冬。

 彼女は私へ自身の秘密を打ち明けた。

 凛の罪と、家族の話。


 それらを知っても、私の凛に対する感情は変わらなかった。

 それは、きっと私も凛を必要としていたから。

 私達は二人とも、お世辞にも幸せな家庭とは言い辛い環境にいた。環境は違えど、孤独を持っていた私達はお互いに欲しい言葉やして欲しい事が手に取るように分かった。

 欠けて歪だからこそ、心の隙間が噛み合った。

 

 でも彼女の過去を知る事で一つだけ変わった事がある。

 他人に然程興味が無く、流れる"景色"の一部として捉えていた私の中で、それは鮮烈だった。

 

 冴えた白い月明かりの下で、彼女を傷つけてきた者達への怒りという感情があの日私の中に生まれた。



*****

 バンッ!!!

 私がテーブルを大きく叩きつけた音が部屋の中に響く。

 叩きつけたその勢いで立ち上がったまま、片岡へ顔を向けた。

「…二つ、言いたい事がある」

「どうぞ?」

 片岡は余裕のある態度を崩さずに、ただ静かに続きを促した。

「私に凛とあの事件の話をする上で、注意してほしい事が一つ。私の中で凛は事件の"被害者"であって"協力者"では無い。二度と間違わないで」

「なるほど、解釈の違いだな。でも分かった。今後は気をつけ…」

 軽い感じで済まそうとしたその言葉が終わる前に、私は片岡の胸ぐらを掴んでその顔を自分へ寄せた。

「二つ、私は凛があの高城純の娘だなんて一言も言っていない。私が本当は何も知らなかったらどうするつもりだったわけ?探偵のクセに迂闊に情報を漏らしてんじゃないわよ」

「…確かに俺が悪かった。謝るよ」

 片岡は私に胸ぐらを掴まれたまま、両手を上げて降参のポーズを取った。

 私はそれを見て、片岡から手を放し席に着いた。

「大人しそうにみえて豪快なんだな。君にとって、倉部凛はなんなんだ?」

 片岡が乱れた襟元を直しながら訊く。

「友人よ」

 私の狭い人間関係の中で唯一、信頼できる人。

「私の日常から消えて欲しくない、大事な人」

 友人というカテゴリに入るには、少し重過ぎるぐらいに私の中で凛の存在は大きい。

「そうか…。ここらで一度、お互いの目的を再確認をしよう」

 片岡は私の重過ぎる凛への想いを茶化す事なく、話を仕切り直した。

「君は友人の倉部凛を探したい。俺は現在の事件がハーメルンと繋がっているのか知りたい」

「知ってどうするの?知ってもし今の犯人が分かったとしても、探偵は犯人を逮捕できないでしょ?」

「逮捕権はなくとも、確固たる証拠があれば善意の情報提供っていうのはできる」

「ふーん。でも今実際に事件が起きてるなら、警察も動いてるんじゃないの?」

「警察はハーメルン事件と思って捜査してない。さっき見せた事件たちも警察は別に関連付けてない。事件の発生状況は似ていても全く別の管轄で起きた事件ばかりだからな」

「一応、納得したわ。それでこれからどうするつもり?まさか私を調査へ連れて行ってくれるわけ?」

「そのまさかだ」

 片岡の言葉に私は目を丸くした。

 願ってもいない事だ。未成年の私が一人で凛を探すのは直ぐに限界が来てしまう。たとえ事件の調査の片手間でも、大人でしかも一応調査を生業にしてる人が一緒に探してくれるのはかなり助かる。

 だが私に都合が良過ぎる提案だ。

「……あなたの私を連れていく事でのメリットは何?」

 自分に都合の良い話は、相手側の旨味を確かめなければ信用できない。

「君は、倉部凛から当時の事件の話を聴いているんじゃないのか?」

「教えてもらったけど…私の知っている内容が全部とは限らない。それに事件の事を知りたいなら、凛のお母さんだって知ってるわ」

「いや、母親はダメだ。当事者じゃないからな。事件のきょ…被害者の中で当時の状況を知っていて、現在生存しているのは娘の倉部凛だけだ。凛の母親、つまり高城純の妻は事件当時、既に離婚していて、高城純との関係性は薄かった」

「……全ての事件で一番近くにいた凛からの情報が欲しいってわけね」

「そういう事だ。君の協力が必要なんだ」

 凛を探す為に今日ここへ来た。

 だから答えは最初から決まっている。多少のリスクは覚悟している。

「分かった。調査に協力する。でも条件がある。私の目的は凛を探す事」

 今日ここに来るまでハーメルン事件と似た事件が起きているなんて知らなかった。

 あの事件に似た事が今起きていて、そのタイミングで凛が行方不明になるのは何か関係しているとしか思えない。でも先入観に囚われて凛を見つけられないのは嫌。

 私は絶対凛に会いたい。こんな唐突なお別れなんて考えたくない。

「ハーメルン事件以外の視点からも凛を探して、それが条件。凛を探す事に協力してくれなければ私はあなたに協力しない」

 片岡の顔をしっかり見た。

 片岡もまた、私を見据えて頷く。

「約束しよう。事件の調査だけではなく、倉部凛の捜索そのものについても、並行して行う」

 片岡が私へ手を伸ばし、握手を求めた。

 私はその手を取らず、代わりに視覚カメラの録画をオフにした。

 カメラをオフにしたことで赤い目から本来の黒目に戻った私を見て片岡は苦笑した。

「つれないな。でもカメラを切ったって事は一応信用してくれたと捉えていいか?」

「その解釈でいいわ。…そういえば、まだ名乗ってなかったわね」

 最初から警戒して話していた為すっかり名乗る事も忘れていた。

 偽名を告げてもいいが、これから一緒に調査するならどうせすぐバレるだろうからきっと無意味。

「綾瀬季春。あなたの事を私はなんて呼べばいい?」

「好きに呼べばいい」

 片岡は一度だけ息を飲んだあと、直ぐに私から視線を逸らしてカラオケの食事メニューに目を向けた。

 私も軽く何か食べようかな。凛がいなくなってから、食欲がなくてあまり食べていなかった。でもこれから調査に出るなら、体力をつけなければ。

 私はメニューに目を向けながら、ふとそういえば好きに呼べと言われたけど、いざ呼んだ時に反応されなければ困ると気づく。

 今のうちに確認しておこう。

「なら、あなたの事はおじさんでいいかしら?」

「……片岡で」

 私の提案は、片岡の沈んだ声で呆気なく却下された。


 目的は違うこの男との協力関係は不安はあった。

 だけど一人で凛の帰りを待っていた時よりも、期待も大きくある。


 迷いはまだ残っているけれど、不安と期待をない混ぜにしながら進む事しか、凛に近づく道はないのだ。

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