Shoreline
シモ
S1 Ep0 Introduction
2043年9月。
あの情報漏洩事件が立て続けに発覚してからかなりの月日が流れていた。だが、事件が社会に落とした影は今なお深く残っていた。
複数の大手企業から相次いで極秘情報が外部に漏洩した「連続企業情報漏洩事件」を巡り、メディアでは情報管理のずさんさ、セキュリティ体制の甘さ、そして責任の所在を徹底的に糾弾し、SNSは怒りと不安に満ちた言葉で溢れ返った。そして政府は情報セキュリティの監督不足を非難されることとなった。
だが、やがて世間の視線は少しずつ緩み始めた。「時代が変わったのだ」と。
―パンデミックの余波。あれがすべてを変えてしまった。
感染症の脅威が世界を覆い、人々の働き方は世界規模で大きく変わった。かつては名ばかりだったテレワークが日常となり、自宅から社内ネットワークにアクセスする仕組みが常態化した。そんな利便性の代償はセキュリティリスクの顕在化だった。
あの一連の事件は、そうした新しい働き方の「影の側面」として語られるようになった。そして、いつものように「時間」がすべてを覆い隠すことになった。
しかし、政府だけは違った。
この件を、単なる企業不祥事として放置するつもりはなかった。
被害にあった企業の中に、国際的な安全保障に関わるプロジェクトに関与していた企業が含まれていたのだ。
それはもう、機密情報の漏洩などという生やさしい話では済まされない。
一歩間違えば外交上の信頼を失い、国際社会における日本の立場を揺るがしかねない。政府中枢に走った衝撃と緊張は想像以上だった。
このままでは、国際関係そのものに影響が及ぶ―
そう判断した政府は関係府省庁に命じた。直ちに重要情報の越境流出を防ぐ枠組みを作れ、と。
号令を受けて動き出したのは、総理官房、総理府、警察庁、国防省、国務省、通商産業省、そして大蔵省。霞が関の会議室に、各省庁から選ばれた精鋭たちが
始まったのは、かつてない苛烈な戦いだった。
国際的にも前例のない法律をゼロから作り上げる作業。法令の適用範囲、他省庁との権限調整、憲法との整合性、そしてなによりも世論とのせめぎ合い。
誰かが口にした。「死者が出なくてよかった」と。
その言葉は決して冗談ではない。200時間を超える残業が毎月続いた。心と身体を削りながら、霞が関の小さな部屋で、彼らは未来の境界線を描き直そうとしていた。
そして2045年6月、ようやくその努力は実を結ぶ。通常国会にて改正法案が衆参両院を通過。10月には施行された。
新たな法律の柱は、次の3つである。
1 政府が指定する情報については、国際的なやり取りに関税と許可制度を導入すること。
2 特定の重要情報は、いかなる形でも国境を越えてはならないこと。
3 この法律を執行するのは、大蔵省通関局および全国の税関であること。
その瞬間、税関という存在がまったく別の意味を帯びることとなった。かつての彼らは、モノの流れを見張る存在だった。だが今や、情報を相手に最前線で立ち向かうことを余儀なくされている。
情報が武器となる時代。
国家の
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