湖の騎士ランスロットそのものだ!

 反射的にハンドガンを構え、ウーゼルに向かって迷わず撃つ。

 しかし、銃弾は空中でなにかに弾かれてしまう。

 シールドの魔法か!?


「動くなぁ!」


 続けてハンドガンを連続して撃つ。

 一、二、三、四、五……!

 マガジンが空になるまで連射し続ける。しかしシールドの魔法は貫通できない。


「もう終わりかね? ならこっちの番だ。火球ファイアー・ボール


 ウーゼルが何気なく呪文を呟く。次の瞬間、人間大のサイズをした火球ファイアー・ボールが生成される。

 まずい!

 ハンドガンのリロードをしつつ、どうやって火球ファイアー・ボールを回避しようか思考する。

 そんな中、横になっているヴィヴィアンの姿が目に映ってしまう。

 もし避けようとしてヴィヴィアンに火球ファイアー・ボールを撃たれたら? そんな考えが脳裏をよぎってしまう。

 急いでヴィヴィアンから離れるように移動するリクロウ。そしてわざとらしく挑発をする。


「クソッタレぇ! こいやぁ!」


「は! そんなにその女狐が大切か? なら望み通り死ねぇ!」


 ウーゼルは巨大な火球ファイアー・ボールを、リクロウに向かって投擲してくる。

 火球ファイアー・ボールが近づいてくるだけで、肌がチリチリと焼けるような感覚が襲ってくる。

 目の前が炎の赤一色に染まってしまう。


「ぐわあああぁぁぁ!」


 熱い、熱い、熱い!

 思わず叫んでしまうと口の中に熱が入り込んで、より一層苦しみが増していく。

 どれだけ熱に晒され続けただろうか? 気づけば火球ファイアー・ボールは消え、呼吸が楽になっていた。

 

「派手にやってくれるじゃねえか……」


「そうかね? 私としてはこの程度マッチに火を付ける程度のことだが」


「言ってろクソッタレ!」


 軽口を叩きながらも自分の状態を確認するリクロウ。カメレオンマントは……もう防具として機能しないだろう。ほとんど黒焦げになって、マントの布切れが身体に付いている程度だ。

 嫌になるね……ってん?

 カメレオンマントの残骸を剥がしながら、手足は動くか確認していると違和感を感じた。

 防具であるカメレオンマントはボロボロになったのに、自分の身体は問題なく動くのだ。それこそ手足や首、胴体さえ問題ない。


「どうなってんだこりゃ」


「ふむ、確かにその通りだ。私の火球ファイアー・ボールを受けて、無傷とは自信が無くなりそうだ」


 リクロウの独り言にウーゼルが同意してくる。

 正直なところウーゼルと会話なんてしたくもない。だけど今は少しでも情報を集めなければ。


「ご自慢の火球ファイアー・ボールも人を焼くのは苦手か?」


「一応これでも魔法でテロを何度も起こしたのだがね。こんな経験は初めてだよ、さすがドラゴンの細胞を使った完全義体というわけだ」


「……どこでそれを!」


 この男――ウーゼルはリクロウの身体のことを知っている!

 ドクから漏れたという線は薄い。あんな変態でもドクはプロフェッショナルだ、基本的に守秘義務を守ってくれる。

 それに義体に使われているアダマンタイトやオルハリコンの量からして、情報が漏れるようなことになればドクの身も危険になるはず。

 いくら考えてもどうやってウーゼルが、リクロウの義体について知ったのか分からない。


「悩んでいるようだね」


「誰のせいだと!」


「私が君の義体について知りえたのは、シンプルなことさそこにいる女狐――ヴィヴィアンから聞いたのだよ」


「な!?」


 ヴィヴィアンが? ありえない。

 リクロウは義体の情報についてどこから漏れたのか考える際、ヴィヴィアンから漏れたとは一切考えていなかった。それは彼女を信頼していたからだ。

 だがヴィヴィアンが話したという情報は、非常に大きなショックであった。


「嘘だ……嘘だそんなこと!」


 燃え尽きなかったハンドガンをリロードし、ウーゼルに向かって撃つ。

 しかしシールドの魔法によって、銃弾は再び防がれてしまう。

 続けて連射をするが、やはりシールドを貫通できない。


「嘘じゃないとも。彼女の頭から直接聞いたのさ」


「は?」


「知らないのかね? 思考の感知ディテクト・ソウツの呪文だよ」


「でぃ、思考の感知ディテクト・ソウツ?」


 聞き慣れない呪文の名前に、リクロウは思わず復唱してしまう。

 そんなリクロウの反応がツボに入ったのか、ウーゼルは楽しそうに杖を弄る。


思考の感知ディテクト・ソウツ、簡単に言えば思考を読み取る魔法。これを使って女狐に君の話をすれば、無意識に思考した内容を読み取れるのだよ」


「いくらそんな魔法があるとしても、俺の情報を正確に抜き取るなんて……」


「できるんだなぁこれが。私は思考の感知ディテクト・ソウツを習得して、10年以上鍛錬をし続けた。その結果! 私はまるでサイコメトリーのように思考の感知ディテクト・ソウツを使えるようになったのさ!」


 狂気が入り混じった声色で、自慢げに話すウーゼル。

 実際、リクロウもウーゼルのことを狂人を見るような視線で見ている。

 イカれてる……。そうだこいつはテロを繰り返すイカれ野郎だ。


「だったらそのイカれた頭、ぶっ飛ばしてやるよ!」


「は、シールドも壊せない半端者の分際で、私を殺せると思うな!」


 素早くハンドガンを構えたリクロウは、ウーゼルに向かって連続で銃撃をする。

 が、やはりシールドに防がれてしまう。

 だが次の策がリクロウにはあった。

 そのままハンドガンを撃ちながら、ウーゼルとの距離を詰めていく。


「うおおおぉぉぉ!」


「ふん。バカスカ撃ってきても私のシールドは……!?」


 余裕そうであったウーゼルの表情は、リクロウが近づくにつれて歪んでいく。

 やはり近すぎるとシールドは貼れないのだろう。

 リロード、撃つ、撃つ、撃つ。

 リロード、撃つ、撃つ、撃つ。

 一歩、一歩と確実に近づいていくにつれ、ウーゼルの表情が歪んでいくのが分かる。


「どうした? 顔色が悪いぞ?」


「ほざけ……炎の矢ファイアー・ボルト!」


 ウーゼルが炎の矢ファイアー・ボルトの呪文を唱えると、5つの炎の矢がリクロウに向かって襲いかかる。

 だが飛んでくる炎の矢ファイアー・ボルトを、リクロウは迷わず素手で叩き落とそうとする。

 1つ。炎の矢ファイアー・ボルトに直接触れても熱くない。

 2つ。続けて素手で叩き落とす。

 3つ。躊躇なく炎の矢ファイアー・ボルトを握りつぶす。

 4つ。ウーゼルの表情は驚きに染まっている。

 5つ! 全ての炎の矢ファイアー・ボルトを迎撃したリクロウは、前へと走り出す。


「ば、馬鹿な!? 私の炎の矢ファイアー・ボルトは鉄も溶かすのだぞ!?」


「どうせドラゴンには通じないんじゃないか? あ、試したことないか」


「この!」


 安っぽいリクロウの挑発に、怒り心頭の様子なウーゼルは大きく跳躍する。


「どこに行きやがる!」


「逃げるのではない、私の切り札を見せてやろう!」


 魔方陣の中で横たわるヴィヴィアンの隣に着地したウーゼル。そのまま彼女に触れ、聞いたことのない言葉を紡ぎ出す。

 なんだこの言語は!?

 聴覚に備わっている翻訳アプリケーションを起動させ、意味不明な言語の解析を試してみる。


「私に力を……妖精の力を……! 湖の騎士の力を!」


 どうやらライブラリに該当言語があった。

 古代ウェールズ語らしく、翻訳アプリケーションが自動翻訳してくれたお陰で聞き取れるようになった。

 湖の騎士? どこかで聞いたような……?

 急いで単語検索をするリクロウ。


「ランスロット?」


 検索結果の1番上にあった単語を呟く。

 伝説にある架空の騎士ランスロット。

 だが魔法の存在する西暦2121年では、空想上の存在を名乗る精霊が稀に現れることがある。

 ウーゼルはランスロットの精霊を呼ぶつもりか? そう判断したリクロウは、儀式の邪魔をするために銃撃をする。


「させるか!」


 しかしウーゼルへ飛翔する銃弾は、途中で溶けていく。

 シールドではない。なにか別の力で銃弾は溶けたのだ。


「無駄だ! 私の周囲には高純度の魔力が渦巻いてる。そんな小口径のハンドガンで、貫通できると思うな!」


「だったら……魔法の矢マジック・ミサイル!」


 純粋な魔力で構成された矢を5本生成する。そして「行け!」と命じれば、魔法の矢マジック・ミサイルはウーゼルに向かっていく。


「ほう、中々威力のありそうな魔法の矢マジック・ミサイルだ。しかしもう遅い!」


「なんだと?」


 笑うウーゼルの手に、虚空から軽い装飾のされた剣が生み出される。

 次の瞬間、ウーゼルは剣を振るい、5本の魔法の矢マジック・ミサイルを全て切り落とした。


「嘘だろ!」


「残念ながら現実さ! 見たまえ妖精郷の秘技を! 私の技術を!」


 するとフードを被っていたウーゼルの姿が、徐々に青のフルプレートアーマーへ変化していく。

 今のウーゼルはまるで、おとぎ話に出てくる騎士に似た姿だ。

 どうする? ここは攻めるか?

 変化したウーゼルの姿を前に、リクロウの思考は戦術の変更を余儀なくされていた。


「これならどうだ! 火球ファイアー・ボール! 氷の嵐アイス・ストーム! 魔法の矢マジック・ミサイル!」


 過負荷行使オーバー・キャストなど恐れず、3つの呪文を発動させる。

 だが3つの魔法を発動させた代償は重く、腕の血管が破れたのか血が吹き出す。


「ぐううう」


 痛みで魔法の制御が疎かになりそうなのを、「ヴィヴィアンを助ける」それ一心で制御に成功させる。

 炎の球体が、凍える嵐が、魔力で構成された無数の矢が、ウーゼルに向かって飛んでいく。


「言ったはずだがね……今の私は妖精郷の秘術! 降霊術の秘技の化身! 湖の騎士ランスロットそのものとなったのだ!」


 ウーゼルは火球ファイアー・ボールを軽々と斬り捨て、氷の嵐アイス・ストームをかき消し、魔法の矢マジック・ミサイルを難なく回避していく。

 勝てないのか……?

 目の前の現実に、心が折れてそうになってしまうリクロウ。

 そんな時、視界に横たわるヴィヴィアンの姿が見えた。


「お前がランスロットだからって、……諦める理由にならねえよ」


「なに?」


「ヴィヴィアンの前でかっこ悪い姿見せられるか! クソ野郎!」


 全力の大声を叫んで、そのままウーゼルにむけて殴りかかる。

 普段なら出さないような凡庸的なテレフォンパンチ。だけども放ったパンチは、ウーゼルの頭部に命中した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る