ウーゼルは殺すから絶対成仏しろよ

 カメレオンマントの光学迷彩で姿を隠しながら、リクロウはメガビルディングの中を歩いていた。

 リクロウとヴィヴィアンの家に一旦戻り、武器を準備するのが目的だ。

 そうして歩るき続けていると、背後から一定の距離を保ち続ける気配を感じる。

 誰だ?

 今のリクロウはカメレオンマントの光学迷彩で、姿が見えないはず。それなのに機械的に一定距離を保っているのだ。

 怪しいので家へ真っ直ぐ向かわずに、ごく自然に回り道をしてみる。

 するとどうだ? 気配の主はリクロウの背後を、まだ付いてきているのだ。

 これは明らかに尾行の類と考えていいはず。そう考えたリクロウは、ピタリと吹き抜けがある階段の前で一時停止した。


「すーはー、すーはー、すーはー」


 3回連続で深呼吸しながら、未だ背後に尾行者の気配があることを確認する。

 リクロウが足を止めれば、尾行者も動きを止めた。

 付いてきているな。

 正直なところ今から行う作戦は、この身体が頑丈でも怖いものは怖い。


「よし……」


 決意の声を小さく声を漏らし、リクロウは78階の吹き抜けから飛び降りた。

 万有引力に従って重力が身体を襲う。

 チラリと見上げれば、誰かがのぞき込んでいる。おそらく尾行者にちがいない。


「なに!?」


 慌てた様子で声を上げる尾行者。

 誰だか知らないが無言で尾行していたのだ、躊躇なく殺らせてもらう。

 落下していたリクロウは懐からナイフを取り出し、尾行者に向かって全力で投擲をする。

 次の瞬間、眉間にナイフが突き刺さった。


「が……!」


 苦悶の声を上げながら落下していく尾行者。

 落ちていくのを確認したリクロウは、空中で体勢を変える。五点着地の体勢だ。

 落下の途中、手すりに掴まり速度を落としつつも、リクロウは無事に五点着地で1階へ降り立つ。

 1階には先客として尾行者の死体がいた。


「さてと、お顔を拝見させてもらおうか」


 仰向けの死体をひっくり返せば、苦悶の表情をしている男の顔。

 すぐさま手首の物理ケーブルを伸ばし、死体のうなじにあるソケットへ挿し込んだ。

 一瞬、ビリっとした感覚が襲ってくるが、すぐに消えていく。

 おそらくは尾行者のサイバーウェアに仕込まれていたセキュリティを、通過した感覚と思われる。


「そんじゃあ早速中身を拝見~」


 尾行者は身体の中にコムリンクを内蔵しており、ハッキングでコムリンクの中身を漁っていく。

 すると機密らしき情報がじゃんじゃん出てくる。

 特に目を引いたのは、ウーゼルからの指示書であった。

 念のためにウィルスが仕込まれていないかスキャン、そして問題ないことを確認すると内容を見ていく。


「こいつは……」


 指示書の内容はシンプルかつ短いものであった。

 リクロウ・アーミテッジの殺害である。

 尾行者のサイバーアイをハッキングしてみれば、先程リクロウが店に入る前から見ていた映像が残っている。

 これは……まずい状況じゃないだろうか?

 指示書のタイムスタンプを確認してみれば、30分前とほんの少し前だ。


人狩りマンハントする側が人狩りマンハントされる側になってるとはね……ちょっと笑えないぜ」


 少なくともウーゼル側に、リクロウの情報が知られていると考えていいだろう。この尾行者がその証拠になる。

 ……あいつは大丈夫なのか?

 先程ハッキングを依頼したハッカーのことが頭によぎる。関係者として命を狙われている可能性は0ではないだろう。

 周囲はざわざわと騒がしくなっている。先程上から落下してきた死体を、遠巻きに見ている人が増えてきたからだ。

 死体から全てのデータを抜き取ったリクロウは、物理ケーブルを体内に戻すと、その場を後にする。


「頼むから出てくれよ~」


 歩きながらコムリンクを操作して、ハッカーに連絡をしようとするリクロウ。

 自分の命が狙われているのであれば、ウーゼルのことについて調べているハッカーに、危険が及んでいるかもしれない。

 そんな考えが浮かんでは消える。

 しかしコムリンクの通信に反応はない。


「クソ!」


 急いで家に向かって走っていくリクロウ。勿論、他に尾行をしている者がいないかの、索敵だけは怠らない。

 全力で色のついた風の如く疾走する。後方では、なにが起きたのかわからない様子の一般人たちが目を丸くしている。


「退いてくれ退いてくれ!」


「うわ!?」


「ちょっと!」


 人と人の合間を、すり抜けるように走っていくリクロウ。目の前を通過した人から、文句が飛んでくるが無視だ。

 この間にもコムリンクの通信は繋がらない。それが焦りとなって、額に汗が流れていく。

 直後、ピロンとコムリンクに通知が入った。


「あいつか!?」


 すぐに通知を確認すれば、メールを1件受信したようだ。

 急いで送信者の名前を確認すると、ハッカーの通り名が送信者として表示されている。

 落ち着いてメールを見るために、速度を落としゆっくりと歩く。

 送られてきたメールの中身は、依頼していたウーゼルの情報であった。

 年齢不詳、種族エルフの性別男。

 10年以上世界各国でテロ活動をしている人物。

 日本の支援者と共にオオサカ湾を根城にしている。


「これは……」


 配下の人数は30人以上の多種族が確認できる。

 直近の犯罪履歴は聖杯と呼ばれる品の強奪。なおこの強奪の際に、50人以上の死傷者を出している。

 聖杯の強奪した目的は不明。

 そしてメールの最後には、オオサカ湾にあるウーゼルの拠点データが添付されていた。


「こんなに情報を集めてくれるなんて、こりゃ報酬は弾まないとな」


 一旦メールを閉じようした時、もう一つの添付データに気がつく。

 内容が気になって中身を確認したリクロウは、目を大きく見開いてしまう。

 もう一つの添付データの中身は音声による遺書であった。


『俺はもうすぐ死ぬ。ウーゼルの野郎が殺し屋を放ったからだ。別に恨んじゃいない、仕事中にヘマした俺が悪いんだ』


 これが添付データの中にあった音声の内容だ。

 息も絶え絶えな声は、合間に聞こえる咳は、声の主が死に近づきつつあることを暗示している。

 もう彼が生きているかは怪しいだろう。

 仕掛人ランナーとしてのリクロウは、冷徹・機械的に判断する。


「ウーゼルは殺してやるから絶対成仏しろよ……」


 人間としてのリクロウは、感傷的に浸りながらも歩みを止めない。


 *********


 コムリンクをしまったリクロウは、家に戻ろうと歩き続けていたら、遠くから甲高い機械音が聞こえてくる。

 家に近づけば近づくほどに、聞こえる音は大きくなっていく。

 嫌な予感がする。

 すぐさま全力で走り出すリクロウ。


「何やってる!?」


 リクロウが思わず声を出してしまうの無理はないだろう。

 家の前に着いたリクロウの目に飛び込んできたのは、緊急用のシャッターが閉まった家。そして電動ノコギリで、無理矢理シャッターをこじ開けようとしている男たちの姿。

 そして男たちの周囲には野次馬と化したメガビルディングの住人たちが、遠巻きに見ている。


「ん? こいつ、リクロウ・アーミテッジだ!」


 後ろを振り向いた男が叫ぶ。シャッターをこじ開けていた他の男たちも、続々とリクロウの方を向く。

 カメレオンマントの光学迷彩が見破られたらしい。どうやら男たちの目はサイバーアイに置き換えてるようで、サーモグラフィー機能でリクロウを見つけたようだ。

 これは……まずいか?

 リクロウの予想は合っていた。なにせ男たちはすぐに作業を止めると、各々銃器を構え始めたからだ。


「クソ! 家にもウーゼルの仲間が来ているのかよ!」


 ともかく撃たれる前に距離を詰める。

 一番近くにいた男の懐に飛び込んだリクロウは、叫びながらも素早く掌底を腹部へ叩き込む。

 リクロウの一撃をもろに食らった男の身体は、くの字に曲がりそのまま倒れる。

 同時に倒れた男が所持していたサブマシンガンは、そのまま床を転がっていく。


「撃て撃て撃て!」


 男たちの1人が叫ぶ。刹那、オーケストラのように銃声がメガビルディング内に響く。

 反射的に目の前で跪いている男を盾にして、銃弾を防いでいくリクロウ。

 盾にされた男は、まともに銃弾を受け動かなくなった。


「同士討ちになる! 銃撃をやめろ!」


 指揮官らしき男が叫ぶ。すると軍人のように統制のとれた動きで、手にした銃器をしまう男たち。

 そしてカタナやナイフを構え、リクロウに向かって襲いかかってくる。

 すぐさま盾にしていた男の死体を捨て、胸の辺りで両手を構えるリクロウ。


「死ねやぁ!」


「っと! おりゃぁ!」


 一番手はナイフを構えた男だ。素早い突きを連続して放ってきた。

 ギラリと輝くナイフの刀身。それを紙一重で回避する。

 あきらかに命を狙っている……!

 推定ウーゼルの手の者たちは、殺意を全く隠そうとしていない。そして狙いはリクロウのようだ。

 その証拠に、先程の銃撃で悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていくメガビルディングの住人たちには、全く目を向けていない。


「とりあえず全員、倒せばいい話だ」


 できる限り気丈に振る舞ってみるが、内心ではウーゼルへ会いに行ったヴィヴィアンが心配であった。

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