日常は壊れ、新しい仕掛けの始まり
とりあえず寝起きの顔をなんとかするために、一旦顔を洗おうとするリクロウ。
洗面台の鏡には赤い髪の少年が映っている。この姿が今の自分なのだと、無理矢理突きつけられる。
目の前の事実を受け入れないと……。
そう思いながら何度も冷水で顔を洗う。しかし鏡に映るのは顔を濡らした少年の姿。
「はぁ……そろそろ行かないとな」
コムリンクで時間を確認すれば、10分も洗面台にいたことようだ。
早くリビングに行かないと、ヴィヴィアンを待たせている。
「遅いですよリクロウ」
タオルで顔を拭きながらリビングに戻ったリクロウを出迎えたのは、すでに準備を済ませた様子のヴィヴィアンであった。
いかにも怒ってます。と言わんばかりな様子の彼女は、指でおでこを軽くデコピンしてくる。
「悪い悪い」
「悪いと思ってるなら、今日のリクロウの服を自由に選んでも構わないということですね?」
「て、手加減は……」
「ふふ、できるといいですね」
笑顔のヴィヴィアンは手を握ってくると、そのまま嬉しそうに外へ引っ張っていく。
体格差のせいでリクロウはなすがままに、外へと引っ張られてしまう。
「ちょ! ヴィヴィアン!?」
「ほら、早く! 時間は待ってくれませんよ」
*********
早足気味のヴィヴィアンと、彼女に手を引かれた状態のリクロウの2人は、車に乗って大型のアパレルショップへと向かっていた。
今も彼女は鼻歌交じりに車を運転している。
そんな中、助手席に座っているリクロウは、足をブラブラとさせながら時折ヴィヴィアンへ視線を向ける。
なんだか楽しそうだな。
そんな風に考えていると、急にブレーキ音が聞こえてくる。同時に車が急停車した。
「へぶ!?」
急ブレーキ時の慣性に耐えきれず、おでこを車にぶつけてしまう。
痛むおでこを抑えながらもリクロウは、急ブレーキをかけたヴィヴィアンを見る。
「ヴィヴィアンどうしたんだ」
「な、なんでもありませ……ん」
嘘だ。明らかに動揺している。こんな様子のヴィヴィアンは初めてだ。
すぐさま彼女の視線の先を見てみれば、黒いローブを羽織った――特徴的な細長い耳からして種族はエルフの男が立っている。
顔全体にシワが刻まれているエルフの男は、リクロウたちに視線を向けるとすぐに去っていく。
「一旦、家に帰ろうか」
「ごめんなさい……そうさせてください」
とても申し訳なさそうな様子のヴィヴィアン彼女を見ていられなくて、家に帰る提案をしてしまう。
さっきまで楽しそうであったヴィヴィアンが今では、リストカットしかねない表情で提案に頷く。
「俺がハンドル持つよ」
「ですが……」
「今のヴィヴィアンに運転させたら人を引きそうなんだけど? まあ車は自動運転させるから、アクセルに足が届かない問題も大丈夫」
「……わかりました」
リクロウとヴィヴィアンは互いの座る席を移動する。リクロウは運転席に、ヴィヴィアンは助手席へ。
「さてっと」
運転席へ座りこんだリクロウは、ハンドルを握りしめる。そして手首から物理ケーブルを伸ばして、車にジャックインを開始する。
脳裏に小さなスパークの輝くようなイメージが走り、リクロウと車は人機一体となった。
これで何かあっても、リクロウの意思一つで運転ができる。
最後に自動運転モードへ切り替えると、何もせずに車が動き出す。
「さっきは怪我なかったかヴィヴィアン?」
「ええ」
は、話が繋がらない……!
普段であればこのまま会話が成り立つのだが、今日は会話さえ駄目そうだ。
助手席に座っているヴィヴィアンの顔色は、まるで血の気が失せたように真っ青な顔色をしている。
ヴィヴィアンとは長い付き合いであるが、こんな様子の彼女は見たことない。
「どうすっか……」
車内に広がっている沈黙がいたたまれない。
ヴィヴィアンをこんな風にしている原因はなんだ? あのエルフの男を見てから様子が変になった気がする。
ハンドルを握り前を見ながら考え事をするリクロウ。
車は自動運転モードなのでハンドルを離しても問題はないが、何が起きてもいいようにハンドルだけは握っておく。
「到着……しましたね」
「そうだな。なあ、本当に大丈夫か?」
「ええ、そう言っているではありませんか」
メガビルディングの駐車場に到着した車は、ゆっくりと速度を落としていき、そのまま停車した。
先に車を降りようとするヴィヴィアンに声をかけてみるが、淡々とした反応しか返ってこない。
車に残ったリクロウは、状況が改善しないことについ頭を抱えてしまう。
「はぁ……なにがあったんだヴィヴィアン」
思わず深いため息が出てしまう。
ここで悩んでも何も変わらないだろう。そう考えたリクロウはヴィヴィアンの後を追うように車を出た。
*********
家に戻ったリクロウであったが、電気がついておらず真っ暗な状態であった。
「ただいまー」
しかし返事は返ってこない。
疑問に思いながらも電気をつけ、先に帰っているはずのヴィヴィアンを探し始める。
リビング、いない。
シャワールーム、いない。
ヴィヴィアンの私室、いない。
「おいおい、かくれんぼか?」
小さく呟きながらコムリンクを取り出したリクロウは、慣れた手つきでヴィヴィアンに通信を始める。
10秒、20秒……1分経過したが、通信に応答はない。
漠然とした不安感が、間欠泉のように湧き上がってくる。
「ヴィヴィアン……どこに行ったんだ」
するとコムリンクに通信が来た。
ヴィヴィアンからか!? そう思いつつすぐさま通信に出るリクロウ。
『やあ、身体の調子はどうだい?』
「なんだドクか」
『ちょっと私に対して冷たくないか?』
通信してきたのはドクであった。
ヴィヴィアンからの通信でないことに、がっかりして肩を落としてしまう。
それにしても何の要件だ? 今はそれどころじゃないのだが……。
『まあ、話だけでも聞いてほしい。ところでヴィヴィアンはそばにいるかい?』
「……いないよ」
『なるほどなるほど。どうやら話す内容が増えたね』
ヴィヴィアンのことを聞かれて、思わず不貞腐れた言い方をしてしまった。
それに対してドクは、なにか知っているような様子である。
この際なんでもいい。ヴィヴィアンの手がかりがあるなら!
「ドク。なにか知っているのか」
『知っているというより、頼みたい
「頼む教えてくれ。なんでもするから!」
『なんでもってのは駄目だよリクロウ。私は
どうやら冷静でなかったようだ……。
ドクの説教に頭が冷え、先程なにを言ったのか理解したリクロウは、自分の発言に恥ずかしくなる。
「悪いドク。冷静じゃなかったよ」
『分かってくれたならいいさ。君の方でもなにかあったのかい?』
誰かを見たヴィヴィアンの様子が変であったこと。そして彼女との連絡がつかないこと。
さっきまでのこと全てをドクに話す。
『ふーむ。これは結構複雑な話になってくるね』
「どういうことだよ」
『私が仲介する
「本当か!?」
ドクの言葉に思わず声を荒げてしまう。
『今から映像を送るから、とりあえず見てくれ。話はそれからだ』
コムリンクに映像ファイルが送られてきたので、コムリンクと手首の物理ケーブルを繋げて中身を確認をする。
監視カメラで撮られている映像だろうか、黒いローブを羽織った男の姿が見えるが、しかし肝心の顔は見えない。
「クソ、ヴィヴィアンはいつになったら……」
焦りから早送りしようとした瞬間、ヴィヴィアンの姿が映像に映り込む。
思わず映像を止めて、ヴィヴィアンなのか確かめてしまうリクロウ。確かに今、探している彼女であった。
「落ち着け。ここで焦っちゃだめだ」
深呼吸して心を落ち着かせたリクロウは、映像の再生を続ける。
『一体なぜ私の前に姿を表したのです』
『決まっているでしょう。あなたが持っている術式、それが私たちの目的です』
『私たち? あなたの目的の間違いでしょう?』
聞こえてくる会話的には、有効的な雰囲気ではなさそうだ。
どうやらヴィヴィアンは男を敵視しているようで、すぐにでも魔法を放つ準備をしている。
『手厳しいですな。ではなぜ私の前に姿を?』
『あなたが……私の生活を砕こうとしたからでしょう! 先程大規模な魔法を行使しようとしたのは誰です!』
『おや、気づいておりましたか。確かにあの時あなたが通り過ぎてしまうなら……うっかり魔法を行使してたかもしれませんな』
ヴィヴィアンと男の会話を聞いているが、ところどころ不穏な雰囲気を感じる。
もしかしてさっき車を急に停めたのは、この男が大量破壊をしようとしているのに気付いたから……?
『さて、無駄話はこれくらいにして。付いてきてもらいますな? もちろん断っても構いませんが……この街がどうなるかはあなたの判断次第です』
『外道め……!』
『はっはっは。お褒めの言葉と受け取っておきましょう。さて、では行きましょうか』
そう言って男はパチンと指を鳴らす。次の瞬間、周囲をカマイタチが吹き荒れる。
カマイタチの影響か、映像にノイズが発生して何も見えなくなってしまう。
「くそ、2人はどうなったんだ!」
ノイズまみれの映像に、苛立ちを隠せないリクロウであったが、カマイタチが収まったのか徐々にノイズが薄れていく。
「よし見えるようになっ……!?」
しかしヴィヴィアンと男の姿は、映像から綺麗さっぱり消えていた。
そこで映像は止まり、リクロウは現実に戻される。
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