無能学園、今日も平常運転です。

びゃわ。

第1話 わちゃわちゃ旅立ち

 今から十五年前。

 オレ、山田太郎は死んだ。


 たぶん、過労死だったのだろう……。


 というのも――目が覚めたら、いきなり異世界で赤ちゃんだったからだ。


 女神? いない。

 チート? もらってない。

 トラックに轢かれてもいなければ、通り魔に刺された記憶もない。


「異世界転生といえばコレだろ!」ってテンプレを全部すっ飛ばして、気がつけばオレはこの世界でオギャーしていた。


 なのに、なぜか前世の記憶だけはバッチリ残っている。


……つまりオレは

普通の赤ん坊の皮をかぶった、中身アラサーの元社畜ってわけだ。




 そんなオレもこの世界で十五歳になり、ついに家を出ることになった。

 今年から王都にある『無能学園』に通うためだ。

――なぜそんなワケの分からない学校名なのかって?

 単純に作者が良い名前を思いつかなかったらしいので、そこは気にするな。


 オレが荷造りをしていると、リビングから母親の声が聞こえてきた。


「タウロスちゃーん、ごはんできたわよー‼」

「わかった。すぐ行く」


 この世界でのオレの名前はタウロス。

 どこかの神話に登場する生物に似ているが、まったくの無関係である。


 どうやら赤ん坊の頃、オレが前世の名前である「タロウ」と呟いていたのが由来だそうで、それを聞き間違えた両親が「タウロス」と名付けたそうだ。

――普通、赤ちゃんは生後半年ほどで初めて言葉を口にするというが、それまで両親がオレのことを何と呼んでいたのかは未だに謎だ。



 着替えを終えてリビングに向かうと、すでに家族は席に座ってオレを待っていた。

「おう、やっと来たなタウロス」

 最初に声をかけてきたのは父だった。

「初めて着る服だから時間が掛かったんだよ」

「とっても似合っているわよ」

 続けて母も優しく笑いかけてくる。


 二人とも昔は冒険者として活動していたらしく、〈黒閃の双刃〉と呼ばれながら王都ではかなり有名人だったそうだ。

 今はオレを生んだことを期に、二人とも冒険者業を引退したそうで、現在はその双刃で畑を耕しながら農家としての余生を過ごしている。


「にぃに、かっこいい」

 そしてもう一人。オレの唯一の妹、サラ。

 彼女は魔法が使えないオレとは違って、生まれてすぐに魔法を発動させた天才と呼ばれている。


 しかし、まだ十歳ということもあり、時折とんでもないことをやらかす。

 一カ月ほど前にも、オレの部屋のすぐ隣にある物置で魔導書を見つけたらしく、誤って呪文を詠唱、まだ読めない文字が多いこともあり、魔法が暴発、オレの部屋ごと吹き飛んだ。


 おかげでオレはもうすぐ家を出るというにもかかわらず、数日前まで屋根の無い部屋で壁を補強しながら雨風をしのぐ生活をする羽目になった。


 しかし、そんなことがあっても転生前は一人っ子として育ってきたオレには、妹に対して嫌な気持ちなどは湧くことはなく、兄弟仲良く生活している。


 オレが自分の席に座ると四人はさっそく食事に入った。

 まだ朝だというのに、テーブルの上にはこれまで見たこともないような迫力の料理が並んでいる。


「なんか気合い入っているな」

「それはそうよ。今日はタウロスちゃんの門出の日だもん。しばらく帰って来なくなるんだから、最後にいっぱい元気を付けてもらわないと」


 母の笑顔からオレを祝ってくれようとする気持ちはは十分に伝わってくる。

 だけど一部、テーブルの上にはおかしな料理が見受けられる。


「はい、タウロスちゃん。私が一番気合を入れて作った『爆裂ポタージュ』よ」

 そう言って母が差し出してきたスープは、なぜか青く光っていた。


「……これ、食べられるのか?」

「もちろんよ。これは母さんが冒険時代に編み出した、とっても栄養価が高いスープなのよ」

「そうだぞ、タウロス。父さんも疲れたときは、よくこれを作ってもらってなぁ。一口食べるたびに元気が湧き出たもんだ。……まぁ、そのあとしばらく顔が青くなったがなぁ。ハハハ」


――どう考えても笑い事では済まない。

 これから王都へ行かないといけないオレにとっては、元気よりも顔が青くなる方がマイナスだろう。

 オレはスープを受け取らなかった。


「なんだ、タウロス。せっかく母さんが作ってくれたのにいらないのか?」

「ああ」

「じゃあ、これならどうだ? オレが石窯で焼いた『プレートブレッド』。見た目は悪いが味は保証するぞ」


そう言って父は別の料理? を差し出してきた。


「なんだよこれ。真っ黒じゃないか」


 見た目は炭。手に持つと重い。しかも、できてから時間が経っているというのに温度が異常に高い。


「硬すぎる……これ、ほんとにパンか?」 

「もちろんだ。いいから早く食べて見ろ」


 入学前に腹を壊さないか心配だが、オレは勇気を出してそのパンに嚙みついた。


 ガッ!!


 前歯が跳ね返された。


「ふざけんな。そもそも噛めないじゃないか⁉」

「なんだタウロス。男なのにこれくらいも食べられないのか?」


 そう言って父はオレが投げ返した真っ黒のパンをいとも簡単にかみちぎっていた。

――どんな顎をしているのだろうか。

 そもそもパンが父の前にしか置かれてないことに違和感を覚えるべきだった。


 母、父とくれば、もう一人。当然かわいい妹からも声が掛かる。


「にぃに、サラもデザート作った」

 そう言って差し出してきたのは、小さなお皿の上にちょこんと乗ったカラフルな……何かだった。


「サラ、これはなんだ?」

「これはサラ特製の『マグマプリン』だよ」


 可愛く胸を張ってそう答えるが、オレは騙されない。


「サラ。プリンは冷たい食べ物だぞ。どうしてマグマなんて名前が付くんだ?」

「プリンの上にお母さんの魔法でマグマを掛けてもらったの。それからサラがマグマを熱くないように封印したの」

「マグマを封印ってなんだよ⁉ そもそもマグマって封印したらカラフルになるのか? 温度が下がるのか?」


 そんなツッコミを入れるオレの様子を見たサラの目から、少しだけ涙が零れだす。


「にぃに、サラが作ったプリン食べてくれないの?」


 その瞳からは、あの日の事件――

 サラがオレの部屋を吹き飛ばした時、母さんに怒られているときにみせた、罪悪感を感じてる姿が浮かび上がった。


「……っ!」


 オレは覚悟を決めた。

 兄として、これくらい受け止めなくてどうする!


「……わかった。兄ちゃん食べるよ」

「ほんと⁉︎ サラうれしい‼」


 笑顔を浮かべるサラ。

 スプーンを手に取るオレ。

 表面でボコッと泡が立つプリン。


――なんだかプリンから熱気が溢れている気がする。


 急いで食べないと封印が解けてしまうかもしれない。

 そもそも食べた後に封印が解けた場合はどうなるのだろうか? 一度食べきってしまえばマグマは消えるのだろうか?

 そんな疑問は浮かんでくるが、オレは勇気を出してプリンを口へ運んだ。



 気が付くとオレは王都へ向かう馬車に乗っていた。

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