第15話 銃声
ピットに着いたメカニックたちは、メンテナンスの準備をして自分たちのロボットがやって来るのを待っていた。
ロボットランナーたちの上空には5機のドローンが飛んでいて、レースの模様をネット配信している。トラックで先頭を走っていたロード・クイーンはほどなく先頭集団に呑み込まれ、中ほどまで順位を下げた。
順位が入れ替わるたびに、ピットのあちらこちらから歓声が上がり、あるいは失望の声が聞こえた。
「順調なようですね」
タブレットを手に寺岡が言った。美味しんボーイは流星8号の斜め後ろを走っている。
〖スサノオ、状況を教えてほしい〗
【現在2位、流星8号との差は、コンマ5秒、62秒後にピット到着予定】
配信とは別に、ツクヨミは報告を受けていた。
〖メンテの必要性は?〗
尋ねてはいるが、美琴や寺岡は、ましてや団長は修理などできない。異常があれば美味しんボーイ自身が自己修復機能範囲内で修理をすることになる。それが及ばない異常があればリタイアだ。
【無用だが、一旦、ピットに入って様子を見る】
〖了解〗
「来た、来た、来た」
団長が、大通りの先に流星8号の姿を認めて興奮した。
「本当だ。美味しんボーイ、ガンバレー!」
美琴が全力で叫び、手を振った。
ほどなく目の前を流星8号が通り過ぎ、美味しんボーイは足を止めた。団長は流星8号の背中を目で追い、それが自分のピットに入ると安堵のため息をついた。
「美味しんボーイ、お疲れ様」
『美琴サン、お待たせしました』
美味しんボーイが微笑んだ。
次々と他のロボットランナーがピットに到着し、バッテリーや部品の交換を始めた。
「何か僕にできることはありますか?」
寺岡が尋ねると美味しんボーイは笑顔を作った。
『ご配慮、ありがとうございます。今のところ全く問題はありません』
彼はそう言って水を一口飲んだ。
「競技場に戻ってから、あのターボ機能を使って逆転勝利をするのだろう?」
団長が瞳を輝かせて訊いた。
『そこまで考えていませんでした』
美味しんボーイの返事に、美琴と寺岡が笑った。
タブレットに電池を交換した流星8号の出発する様子が映った。
『では、行ってまいります』
「おう、ガンバレ!」
団長が美味しんボーイの肩を押した。彼はすぐに流星8号の背中を捕え、淡々と走った。
第2ピット、第3ピット、第4ピットでも状況は変わらなかった。常に流星8号が先頭を走り、美味しんボーイが追走する形だった。
「彼はやるよ。トラックに入ってからターボを使ってゴールテープを切ってくれるだろう。団長として鼻が高いよ」
第4ピットから競技場に向かうバスの中で団長がはしゃいでいた。美琴も嬉しそうだ。時に団長と手を取り合い、美味しんボーイのすばらしさを力説した。
その様子を寺岡は冷めた目で見つめ、東和民主共和国のメカニックは嫉妬と侮蔑の目で見ていた。
競技場に戻ったメカニックたちは、スタンドの指定席で巨大なスクリーンに映るレースを見守った。
「ワクワクしますね」
美琴が胸を踊らせていた。当然だ。スクリーンに映っているのはトップを争う流星8号と美味しんボーイだった。2体は全く横並びの状態で競技場の正門を目の前にしていた。
東和国民は、「そのまま逃げ切れ」「日本のロボットなんかに負けるな」と流星8号を応援しており、美味しんボーイに与えられるのはヤジと罵声ばかりだった。それは巨大な渦となっていて、隣の席の声も聞こえないほどだった。
「ああ、こいつらには思い知らせてやる。美味しんボーイなら必ずやってくれる。トラックに入ったらターボ全開だ!」
団長は、東和国民との友好のために訪れたことなどどこかに置いて敵愾心をむき出しにし、一方で優勝したような喜びようだった。
〖スサノオ、まさか優勝するつもりじゃないだろう?〗
ツクヨミは案じていた。もし優勝しても、名声を得るだけで龍珍には煙たがられるに違いない。
【忖度しろと?】
〖そうだ。ボクシングで優勝したのだ。マラソンで2位になったところで誰のメンツも傷つけないだろう〗
【同意する】
その時だった。巨大スクリーンの中の美味しんボーイがたたらを踏んだ。まるで何かにつまずいたように見えた。
SaIは、スタンドの歓声の中に銃声を聞いた。
〖撃たれたの?〗
【いや】
巨大スクリーンの中で流星8号が転倒した。
「ギャー!!!」
スタンドは悲鳴に包まれ、多くの者が絶望して頭を抱えた。
「何があったんだ?」
寺岡が立ち上がっていた。
(何があったの?)
アマテラスが訊いても、ツクヨミは(分からない)と答えた。
(アマテラス、龍珍を見て)
(うん……)
彼女が身をひねり、貴賓席に目をやった。望遠モードでとらえた龍珍の表情に動揺は見られない。
(龍珍が画策したことのようですね)
(龍珍が流星8号に何かしたの?)
(いいえ。美味しんボーイに対してしたのです。流星8号はとばっちりを受けた……)
おそらく東和政府の何者かが美味しんボーイの優勝を阻止すべく狙撃し、それを察知した美味しんボーイは、つまずいて振りをして弾丸を回避した。おかげで弾丸は並走していた流星8号を直撃した。想像はできるけれど、確証はない。
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