第11話 弱点

 ――ドゴン――

 ゴングと同時にI-キングが動いた。目にもとまらぬ速さのストレートを放った。意表を突く奇襲だ。それが見事に美味しんボーイの顔面を直撃した。

「キャッ!」

 セコンドに入っていた美琴が悲鳴を上げた。

 美味しんボーイの身体は吹き飛んで青コーナーポストに激突していた。ボディがズルズルとマットに沈んで行く。灰色の顔がI-キングのこぶしの形にへこんでいた。

 ――ウォー……――

 会場がわいた。

「ワン、トゥ、スリー……」

 レフリーのカウントが進んでいく。

 I-キングはリングの中央で仁王立ちだった。美味しんボーイは立ち上がらないと確信しているのだ。

 リングに仰向けに倒れた美味しんボーイはピクリとも動かない。

「美味しんボーイ、大丈夫? 立てる?」

 美琴の声にも反応がない。

「壊れたのか?」

 やはりセコンドを務める寺岡の顔は蒼白だった。

「立つんだ、立つんだジョー!」

 美琴の背後で日本代表団の団長が叫んだ。

〖スサノオ、大丈夫か?〗

【システムチェック完了。All OK】

「シックス、セブン、エイト……」

 むくっ……。美味しんボーイが動いた。

 ――ウォー……――

 再び会場がわいた。

〖スサノオ、勝て〗

【任せなさい】

 立ち上がり、ファイティングポーズをとった美味しんボーイの顔が元に戻っていく。

「形状記憶合金か?」

 寺岡がつぶやく。

「ファイト!」

 レフリーが手を振る。

 I-キングは動かない。獲物が自分の間合いに入るのを待っているのは明らかだ。

 美味しんボーイもコーナーポストを背にして動かなかった。I-キングの魂胆を理解しているのだ。

 ボクシングでは投げ技は使えない。どうするスサノオ!……ツクヨミは、石像のように動かない2体を見守った。

 が、観衆は違った。動かないロボットに痺れを切らし、「どうした!」「さっさとやれよ!」「張りぼてかよ」と非難。ブーイングがリングを包んだ。

「ファイト。ほら、戦え!」

 レフリーが催促した。

 I-キングは人間の命令に忠実だった。それで動いた。じわり、じわりと距離を詰めた。

「ファイト!」

 それはまるで、I-キングのグローブが美味しんボーイに届くと示唆したようだった。I-キングが右ストレートパンチを放った。刹那、美味しんボーイは前進し、身体を深く沈めた。頭上をパンチが通り過ぎる。

 屈むことをI-キングは読んでいた。その長い左腕によるアッパーカットが屈んだ美味しんボーイの顔面に迫っていた。

「やられる」

 寺岡が拳を握っていた。

(大丈夫)

 ツクヨミは言った。彼に答えたつもりではなかった。実際、彼にツクヨミの声は届かない。

 I-キングのアッパーカットが届くより早く、美味しんボーイの脚がマットを蹴った。

【必殺、カエル跳びパンチ】

 全身をばねにした美味しんボーイは、I-キングの目の前に迫っていた。I-キングのアッパーカットは太ももをかすっただけでダメージはない。一方、美味しんボーイの引き絞られていた左拳が伸びてI-キングの小さな顔面を捕えた。

 ――ドゴン――

「ウォー!」「ギャー!」「ヒェー!」

 幾多の悲鳴が轟いた。

 I-キングの首が背中側に折れ、小さな顔面は天井をむいていた。

 が、I-キングは倒れなかった。体の向きを変えると態勢を整えたばかりの美味しんボーイの右腹にフックを放った。バックスイングが不足したフックは、ストレートほどのパワーはなかった。

 美味しんボーイはフックを右肘でガード。左のフックをI-キングの長大なボディに決めた。

 I-キングの首は折れたままで、頭はぶらぶら揺れていた。が試合は止まらない。しばらく相互のボディを狙う形で接近戦が繰り広げられた。

 ――カーン!――

 第一ラウンドが終了する。青コーナーに戻る美味しんボーイ。そこに美琴と寺岡、団長が駆けつけた。

「I-キングのやつ、汚いな。頭が折れているのにダウンしない。飾り物の頭とはなぁ。人間ならKO間違いない状況だ」

 団長の鼻息が荒かった。

『物理的に倒さなければダメなルールなのです』

 団長の疑問に、美味しんボーイは冷静に答えた。

「では、どうやって倒すつもりだ?」

『どんなマシンにも弱点があるものです。それを探しています』

経絡秘孔けいらくひこうとか?」

『I-キングは漫画のキャラではありません』

〖止めるならセンサーを破壊するのが早道だ。I-キングの頭は空っぽ。まず、センサーを探すべきだ〗

【それを探している。前面の装甲はエックス線を通さないので分からない】

(アマテラス、スサノオに水をやってください)

(分かった)

 美琴はペットボトルを差し出した。

「ハイ、水です」

『ありがとうございます』

 美味しんボーイは水を受け取って口に含んだ。

「力水だな。東和のロボットは飲まないのか?」

 団長が顎で赤コーナーを指した。メカニックが折れた首を修理していた。



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