第9話 挑戦
軍人と思しき男に投げられた美味しんボーイ……。床に背中から落ちると思われた。だからこそ寺岡は受け止めることはできないと判断して飛びのいた。その時だった。
――プシュ――
美味しんボーイの人工筋肉が激しく収縮し、ヒョウのように、あるいはネコのように身をひねって音もなく着地した。
「ほう……」「凄い」
野次馬たちは感嘆の吐息をもらし、それから拍手した。
トレーニングウエア姿の一団は違った。表情を石のように固め、お互いの顔を見やった。その中から一番巨躯の者が一歩前に出て、拍手する日本人たちをねめつけた。
拍手がやみ、イベント会場はBGMの音だけになった。重苦しい空気の中、軽やかなJポップが漂う。
美味しんボーイは立ち上がっていた。まるで武道の達人のように、自然体で大男に対峙している。
(スサノオ、大丈夫ですか?)
アマテラスが案じていた。
(人間の力では、スサノオは倒せない。武器でもあれば別だけれど)
(彼らがバンパイアということはありませんか?)
(東和政府がバンパイアを強化していたらどうなるか分からない。しかし、もしそうなら、東和政府がバンパイアを自由にしておくことはないと思う)
「ジャン、やっちまえ」
リーダー格の者だろう。トレーニングウエア姿の男の一人が言った。
「オウ」
答えるや否や、ジャンが突進した。
彼の右手の指先がチェニックエプロンに触れるまで、美味しんボーイは微動だにしなかった。誰もが美味しんボーイはタックルを受けて弾き飛ばされるだろうと想像した。ところが、その瞬間、美味しんボーイは左手でジャンの肘を握り、左足を引いて上半身を軽くひねった。
ジャンが飛んでいた。彼の身体は右肘を中心に半円を描き、わき腹から床にたたきつけられていた。
――ヅン!――
床がしなり「グハッ!」と、ジャンは血の混じったツバを飛ばした。
「ウォー」「何だ?」「合気道か?」
野次馬たちの中にざわめきが走った。
「この野郎!」「なめやがって!」「絞めてやれ!」
数人が一気に動いた。
2人目の男はバカだった。ジャン同様に突っ込んで同じように投げ飛ばされた。
3人目と4人目の男は左右に分かれて同時に襲った。しかし美味しんボーイは左右、それぞれ片手でこともなげに投げ飛ばした。
「やっぱり合気道だ」
野次馬が言うのをSaIは捉えた。ツクヨミは合気道の情報を探しにインターネットに潜った。
「テェイ!」
5人目の男は間合いを取り、気合とともに頭部めがけて蹴りを放った。美味しんボーイはそれを受け止めることなく軽く頭を引き、通り過ぎた足を握ってひねり上げた。すると男の軸足が浮き、ボトルキャップのようにクルクル回って頭から落ちた。
「一斉に行け!」
リーダーらしき者が命じると4人の男たちが前後左右から迫った。その時初めて、美味しんボーイは蹴りを使った。最初は両足を前後に開き、同時に前後の男を蹴った。二人の男が弾き飛ばされた時、右側の男が美味しんボーイの胴体に取りついた。
――ガツン、ガツン、ドスン――
彼が抱え込んで持ち上げようとした時、美味しんボーイは左側の男を蹴り飛ばし、抱え込んだ男の頭部に肘を振り下ろした。
「……く、クソがぁ……」
男たちが距離を取って態勢を立て直す。その時だった。
「お前たち、何をやっている!」
駆け付けたのは石永だった。
(公安の石永だ。どうやら監視していたらしい)
(どこで?)
(さあ……)
「お前は……」
男たちは石永のバッチに気づいて言葉をのんだ。
「公安の石永である。客人に対して暴力に及ぶなど、龍珍総裁の顔に泥を塗るつもりか?」
「人ではない、お料理ロボットだ」
男のひとりが反論した。
「ロボットであろうと、日本からの客に違いはない。好んで戦いを挑み、まして負けるなど恥の上塗り……。去れ!」
石永が大男たちを一喝した。
(あの人、偉い人だったんですね)
(それはどうかな)
「行くぞ」
男たちはドカドカと靴音を残して去った。
「我が国のバカ者どもが失礼いたした。非礼、私の顔に免じてご容赦いただきたい。団長殿には、改めて謝罪に伺う……」
石永は寺岡に頭を下げた。姿勢を戻した彼は厳しい表情を作り、再び口を開いた。
「……非礼は非礼として謝罪するが、我が国が負けたままでいるわけにもいかない……」彼は直立している美味しんボーイに目を向けた。「……ロボットに対するのはロボットであるべきだ……」彼が寺岡に視線を戻す。「……我が国にも優れたロボットが多数ある。両国の交流イベントの一つとして、ロボット対決の実施を提案する。のんでいただけるな?」
否と言わせない口調だった。
「仕方がありませんね……」
寺岡が応じると、石永は急ぎ足で去った。
(ロボット対決だって。大丈夫?)
〖スサノオ、聞いただろう? ロボット対決だそうだ。……アマテラスが案じている。目算はどうだ?〗
【データ不足により計算不能】
〖当然、そうなるな〗
(アマテラス、人間の世界では、勝負は時の運という。データのない現時点で勝敗を計算するのは不可能だ)
美琴の表情が陰った。
「……ったく、困ったものだな。何とかうやむやにするよ」
寺岡が小声で告げた。それから、集まっていたスタッフたちに向かい、仕事に戻るように促した。
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