第八話 おひとりさまと、三人の騎士たち その2

 ◆◇◆



 

 虹色の回廊。

 私たちを乗せた、『空飛ぶ竜車りゅうしゃ』が駆けてゆく。


 目の前には、三人の見目麗しい騎士たち。


 私の黒いピンヒールパンプスの両脚には、黒いかせが嵌められている。

 そこから繋がる黒い鎖の端は、黒髪の青年が握っていた。

 黒い瞳。

 端正な横顔。

 正面には、緑髪の青年と、金髪の少年。

 三者三様のイケメンだ。


 (こんな人たちと並んだら、……普通の人間は、石ころか、ジャガイモだ。もちろん私も含めて)


 私たちはこれから、クロエンゲージュ様なるお方に、会いに行くという。


 ――そういう、設定。

 おそらく最新のサプライズであり、コンセプトカフェコンカフェ的な、アトラクションだ。たぶん。


 今日の夕方。

 竜車に乗った彼らが現れたのは、駅前のクッキー店の前だった。

 そして私を、駅前の街コンへと私を誘い出したのは、元同僚のまいみお美月みつきさんだ。

 だから、おそらく、彼女たちの手配だろう。

 もしかしたら、後輩の若菜わかなさんや美晴みはるさんも、一枚噛んでいるのかもしれない。

 広報部のみんなは、面白がりだ。


 みんな、長年、『おひとりさま』を貫く私を、おもしろ半分、心配半分に、弄ってくるのが常だった。




 ある日の昼休憩。


 ハン国海苔こくのり、カイナップルケーキ、ハカダミアナッツ。

 ぴよこ饅頭まんじゅうはこサブレ、摩訶福まかふく、はしりもん。


 会社の休憩室のテーブルの上は、全国物産展さながらの銘菓が、ずらずらーっと並んでいた。


 「てん先輩!この間の、ミー・ア・キャットのライブも、最高でしたよ!

 ニャオンくん、私にファンサくれました!

 一緒に、ちゅるるになりませんか?」


 「この子、今度、デビューする、うちのハナモリくん。応援よろしくお願いします!

 レディ・アクション★」


 「初日は、あんなにたどたどしかったのに、千秋楽を見ると、みんな成長したなあって。うう……」

 

 もぐもぐ、ふんふん。

 もぐもぐ、ほうほう。


 私は、若菜わかなさんたち、後輩三人の推し活レポートを、同時進行で聞いていた。

 私は、このくらいの人数なら、難なく同時に会話が出来る。実に事務員らしい特技だ。


 彼女たちは、レポートかたがた『布教』をしたい。

 私は、銘菓が食べたい。

 実に、ウィンウィンだ。

 彼女たちは、観光拠点となるホテル情報や公共交通機関にも、とても詳しいのだ。

 

 「成宮なりみや先輩は、推し活はしないんですか?」

 「しないよぉ」

 「彼氏さん、束縛厳しい系でしたっけ?」

 「だからあ!彼氏なんて、……しばらく居ないんだって」


 後輩の手前、見栄を張った。

 しばらく、なんてレベルじゃない。

 男性との最期の接触なんて、もう八年前だ。

 しかも、彼氏と呼べるかすら、怪しい関係性。


 「もったいない。先輩、どんな人が、タイプなんですか?」

 「『浮気しないイケメン』、それに、束縛しない人。……一番は、実家のクロと仲良く出来る人かなあ」

 「ああっ、わかります、それ!ペットを大事にしない人とか、無理ですよね」


 「それから、子どもが欲しいとか、毎朝お味噌汁と愛妻弁当を作ってとか、言わない人。……お財布とベッドも、別々がいいかな」


 すると、そばで聞き耳を立てていた、他の同僚たちまで、くすくすと笑い出す。


 「なんスか、それ」

 「それじゃ、一生結婚出来ないわよ、成宮なりみやさん」

 「てんちゃんの愛妻弁当があったら、毎日、仕事頑張れそうだけどなあ」

 「やだあ、事務局長!女の子が料理担当とか、考え方、古いですよ。うちのリヨンくんは、メンバーの楽屋のお弁当も作るんですよ」


 そして、最期のシメは、だいたいこうだった。


 「好きな人が出来たら、てんちゃんは、変わるよーー!!」


 キラキラキラ。

 老若男女。

 みんな、曇りなきまなこで、こちらを見てくる。だから、まあ、それは、かなり精度の高い未来予測なのだろう。

 ぜんぜん、ピンと来ないけど!


 しかし、私の現状は長らく、『おひとりさま』だ。


 別に、結婚しないと、固く心に誓っているわけでもない。

 好きな男性が現れたのなら、それなりにうまくやれる自信だってある。

 ただ、現れる気配が一向にないだけだ。


 『』が。


 私は、お弁当のスープジャーのお味噌汁を、ずずっと啜った。豆腐となめこと、ほうれん草。

 好きなものだけ入れた、私のためだけのお味噌汁。切り方、味付け、材料費まで。我ながら、……実にエクセレント。


 私は、料理も子どもも、苦手じゃないし、むしろ、大好きだ。

 同僚たちの産休や育休のカバーはすすんでするし、連れて来る赤ちゃんは、もれなく抱っこしたい。あの、ぷにぷにほっぺ、ぷくぷくあんよ。たまらない。きゅうん!だ。

 春先にも、母に借金を頼み込まれて、姪っ子の歯列矯正代を、全額出したばかりだ。




 とある、うららかな春の日。


 「お願い、お姉ちゃん!必ず返すから」


 突如、一人暮らしのアパートに現れ、ぺこぺこと頭を下げる母。

 

 「し、歯列矯正?……それは、優真ゆうまに言えば良くない?

 お酒と車とギャンブルをやめたら、すぐよ。共働きだし」

 「それがね。今すぐ、始めなきゃいけないんですって!

 ゆうちゃんはね、あなたと違って、責任のあるお仕事で疲れてるの。

 リフレッシュするのにも、お金がかかるの。

 お財布は、春子はるこちゃんが、管理しているし」


 「お母さん。……お金のかからないリフレッシュ方法なんて、今どき、いくらでもあるのよ。

 お祖母ばあちゃんの年金は、もう頼れないんだから、優真ゆうまたちも生活を改めないと」

 「そんなあ。お姉ちゃん、冷たい」

 「まずは、優真ゆうまと話し合って」 


 その週の週末。 


 私はクロの散歩がてら、犬小屋のタオルケットを入れ替えていた。

 すると。

 タオルケットの下から、消費者金融のレシート。それから、いかがわしい夜のお店の名刺が出てきた。クロは、うるうるの瞳で私を見つめると、くふぅん、と、悲しそうに肩を落とした。

 クロはクロなりに、喧嘩の火種を隠そうとしたらしい。


 (我が愛犬ながら、なんて賢くて優しいの!

 そして、我が弟ながら、なんて愚かな。……まさか女遊びにまで、手を染めるなんて)


 そんなわけで、母にまとまった額を渡したのがその日の夜。


 しかし、夏になっても母からの返済はなく、姪っ子の歯列矯正も一向に始まらない。


 初夏の早朝。

 週末の実家。

 私は、クロのトリミングかたがた、「あの矯正代って、どうなったの?」と、聞いてみた。

 すると、新品の夏服を着た母は、ギョロリと目の色を変えた。


 「はいはい、返しますよ!はい、一万!

 あのね?あなたと違って、私や春子はるこちゃんは、大変なの。

 あなたは、おひとりさまなんて、勝手な生き方をしてるんだから、仕送りくらい出してくれて当然よっ」


 そう捲し立てると、ドスドス、ズカズカ、バタンバタン!と物音を荒げて、畑へ行ってしまった。

 

 (なんてこと。『借金』が、……『仕送り』に変換されてしまった)


 ほどなくして、美容院帰りの母のパーマがパリッと光り、ネイルサロン帰りの義妹の春子さんのネイルがキラッと光り、歯科医院帰りの姪の結菜ゆうなの矯正器具がピカッと光った。

 そして、優真ゆうまは、おそらく午前様だという。

 私は安堵と呆れで、あんぐりと口を開けたまま、土間に立ち尽くしていると、甥っ子のしょうりょうの二人がサッカーボールを蹴りながら駆け込み、ドン、ドンと肩をぶつけてきた。


 「きゃっ!」

 「てんオバチャン、また来てるの?」

 「お昼食べたら、さっさと帰ってよね」

 



 しかし。

 老犬になったクロ。

 彼女の世話は、主に母や弟一家が引き受けている。

 母は、そのことは決して引き合いに出さなかったから、まだ人としての心は残っているのだろう。

 まあ、私が実家を出たのは、弟一家が突如押しかけてきたせいなのだけど……。


 (実家のリフォーム代を一括で出したのも、…手…私なんだけどな?それとは別に、またローンを組んだってこと?母も弟も嘘つきだから、何が何だか、さっぱりだ)


 私は、パリッと整ったクロとともに、複雑な気持ちで軒下を行き交う親ツバメを見ていた。


 「かわいいねえ。でも、


 (きっと。……みんな、すごくすごく疲れてるのだ)


 私は、スマホの資産管理アプリを開いた。

 

 (私のマンション資金と老後資金は、目標達成クリア。……このお金は、母と弟には隠し通さないと) 


 子どもたちに罪はない。


 (母も、春子はるこさんも。

 父や弟に関わらない人生だったら、……もっともっと、自由で豊かで平和に暮らせただろうに)


 父は、はるか昔に失踪し、私と優真ゆうまを養ってくれたのは、主に祖父母だった。




 「ミー・ア・キャット解散。ニャオンくん、結婚だって」


 その声に、私はハッとした。

 声の主は、スマホ片手に、休憩室に入ってきた同僚のまいだった。


 「ああっ!!」


 私たちは、一斉に後輩の若菜わかなさんを見た。


 若菜わかなさんは、青い顔をして立ち上がると、震える手でスマホを確認した。

 それから、両手を駆使した高速タップで、何かを打ち、あちこちに身体をぶつけながら、よろよろとオフィスを去っていった。


 「待って、若菜わかな早退届そうたいとどけ!」


 まいは、先輩らしくボールペンと早退届の書類を引っ掴むと、ばたばたとその背を追いかけていった。


 休憩室のテーブルでは、まだ食べかけのぴよこ饅頭が、寂しげにこちらを見ていた。

 推し活だって、夢を見すぎるのは禁物だ。


 「だから、推しは、複数持つのがいいんですよ。ぴよぴよぴよ」


 後輩の美晴みはるさんは、手つかずのぴよこ饅頭を包装紙からそっと剥がし、笑いながら、もりっと頭をもぎ取った。


 「連帯責任」


 そして整った指のさきで、もぎった頭を小さくちぎりながら、品よくゆっくりと食べた。


 私は、若菜わかなさんの食べかけのぴよこ饅頭を給湯室へ持っていき、ラップに包んだ。

 油性ペンで若菜さんの名前を書き、バタンと冷蔵庫へ入れ、デスクにその旨の付箋を貼った。


 「そこまでします?」

 「ぴよこに罪はないから」

 「さすが、ダメ男製造機」

 「うう。……自覚は、あります」


 そして、スマホでアリフォルニア旅行のホテルを、ポチリと予約した。


 「私、成宮なりみや先輩みたいな人と結婚したいです」

 「私もよ、美晴みはるさん」




 ☆




 そして。

 そんな私がまさか、……イケメン騎士役の三人の男と『空飛ぶ竜車』に乗る日が来るなんて。


 (夢は夢として楽しむ。しかし、深入りは禁物。)


 ――『俺はいつでも、条件の良い方へ行く』

 ゲームのイケメン傭兵のクールな姿が、再び脳内に過る。


 (過度な期待はしない。了解。)


 そうでなくても、私は、『悪質クレーマー』のたぐいには、ぜったいになるまい、と、心に誓っているのだ。


 緑髪の青年が、どさっと書類を横のキャビネットに置いた。それから、長い足を組み替えながら、口を開いた。


「やあやあ。絞り尽くしてしまったようだね、テン。血も、記憶も」


 テン。

 柔らかく、爽やかな声。

 親しげに優しく名前を呼ばれるのは、不思議だが心地良かった。


「お帰り、テン。回廊かいろうの向こうのものは、僕らには循環しないんだ。まさに血も涙もない、だよね。

 まあ、流刑地るけいちって、どこもそんなものだよ。お勤め、ご苦労さま」


「そんな!テンちゃん。もう、俺たちが判らないの?」


 金髪の少年が、悲痛な声で叫んだ。


 (テンちゃん、だって。

 ふふ。かわいい。上手な子役さん)


「そう。記憶喪失だ。テンが、自分でやったんだろう。

 『文様もんようの保持を最優先』

 実に、騎士らしい、誇り高き振る舞いだ。

 彼女なりに、こちらへ帰還する算段はあったんじゃないかな?」


「……クロエンゲージュ様は、何と?」


 「城へ、お連れするようにとだけ」


 (私は、記憶喪失。そして、これから、クロエンゲージュ様に会う。そういう設定ね。了解)


 私は、波打ち際にうつ伏せに倒れている、旅の勇者を思い描いた。


 そして、ふと思った。

 

 「有料サービス、……じゃないよね?」


 思ったことが、そのまま口に出てしまった。

 もの凄く小声のつもりだったが、隣の黒髪の青年には、ばっちり聞こえていたらしい。彼も小声で答えた。


「(……俺は、そういうのは好かない。貴様、本当に、文様は欠けずに残っているのか?)」 

 「(無料の範囲で、いいってことですか?)」

 「(……当たり前だ!!これは、預かっておくぞ)」


 彼は、恥ずかしそうに目を伏せながら、床に落ちた私のスマホを拾った。


 (なんで、あんなに動揺したんだろ?想定外のアドリブ演技かな?)

 

 彼の顔こそ涼しいが、耳元はみるみる紅潮してゆく。

 

 (あれっ、……意外と人間味があるのね、この人)


 私は、ワクワクしてきた。

 (これが、推し活にのめり込む気持ちなのかな?)

 それに、無料とわかれば一安心。


 (めいっぱい楽しんで、万が一、有料コンテンツが始まったら、すみやかに退店しちゃお)

  

 やがて、正面には光り輝く扉が現れた。

 出口だ。


 (……眩しい!!)

 

 虹色のアプローチを抜けたそこは、――初夏の空だった。

 遠方の小さな丘に、青白く輝く西洋風の小さな城が見えた。


 「わあーーっ!!」


 竜車は、まるでロープウェイのように、スイーッと滑るように空を駆け、その青白い城へと向かっていった。




 ◆◇◆







―――――――――――




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