第八話 おひとりさまと、三人の騎士たち その2
◆◇◆
虹色の回廊。
私たちを乗せた、『空飛ぶ
目の前には、三人の見目麗しい騎士たち。
私の黒いピンヒール
そこから繋がる黒い鎖の端は、黒髪の青年が握っていた。
黒い瞳。
端正な横顔。
正面には、緑髪の青年と、金髪の少年。
三者三様のイケメンだ。
(こんな人たちと並んだら、……普通の人間は、石ころか、ジャガイモだ。もちろん私も含めて)
私たちはこれから、クロエンゲージュ様なるお方に、会いに行くという。
――そういう、設定。
おそらく最新のサプライズであり、
今日の夕方。
竜車に乗った彼らが現れたのは、駅前のクッキー店の前だった。
そして私を、駅前の街コンへと私を誘い出したのは、元同僚の
だから、おそらく、彼女たちの手配だろう。
もしかしたら、後輩の
広報部のみんなは、面白がりだ。
みんな、長年、『おひとりさま』を貫く私を、おもしろ半分、心配半分に、弄ってくるのが常だった。
ある日の昼休憩。
ハン
ぴよこ
会社の休憩室のテーブルの上は、全国物産展さながらの銘菓が、ずらずらーっと並んでいた。
「
ニャオンくん、私にファンサくれました!
一緒に、ちゅるるになりませんか?」
「この子、今度、デビューする、うちのハナモリくん。応援よろしくお願いします!
レディ・アクション★」
「初日は、あんなにたどたどしかったのに、千秋楽を見ると、みんな成長したなあって。うう……」
もぐもぐ、ふんふん。
もぐもぐ、ほうほう。
私は、
私は、このくらいの人数なら、難なく同時に会話が出来る。実に事務員らしい特技だ。
彼女たちは、レポートかたがた『布教』をしたい。
私は、銘菓が食べたい。
実に、ウィンウィンだ。
彼女たちは、観光拠点となるホテル情報や公共交通機関にも、とても詳しいのだ。
「
「しないよぉ」
「彼氏さん、束縛厳しい系でしたっけ?」
「だからあ!彼氏なんて、……しばらく居ないんだって」
後輩の手前、見栄を張った。
しばらく、なんてレベルじゃない。
男性との最期の接触なんて、もう八年前だ。
しかも、彼氏と呼べるかすら、怪しい関係性。
「もったいない。先輩、どんな人が、タイプなんですか?」
「『浮気しないイケメン』、それに、束縛しない人。……一番は、実家のクロと仲良く出来る人かなあ」
「ああっ、わかります、それ!ペットを大事にしない人とか、無理ですよね」
「それから、子どもが欲しいとか、毎朝お味噌汁と愛妻弁当を作ってとか、言わない人。……お財布とベッドも、別々がいいかな」
すると、そばで聞き耳を立てていた、他の同僚たちまで、くすくすと笑い出す。
「なんスか、それ」
「それじゃ、一生結婚出来ないわよ、
「
「やだあ、事務局長!女の子が料理担当とか、考え方、古いですよ。うちのリヨンくんは、メンバーの楽屋のお弁当も作るんですよ」
そして、最期のシメは、だいたいこうだった。
「好きな人が出来たら、
キラキラキラ。
老若男女。
みんな、曇りなき
ぜんぜん、ピンと来ないけど!
しかし、私の現状は長らく、『おひとりさま』だ。
別に、結婚しないと、固く心に誓っているわけでもない。
好きな男性が現れたのなら、それなりにうまくやれる自信だってある。
ただ、現れる気配が一向にないだけだ。
『苦労に見合うだけの男』が。
私は、お弁当のスープジャーのお味噌汁を、ずずっと啜った。豆腐となめこと、ほうれん草。
好きなものだけ入れた、私のためだけのお味噌汁。切り方、味付け、材料費まで。我ながら、……実にエクセレント。
私は、料理も子どもも、苦手じゃないし、むしろ、大好きだ。
同僚たちの産休や育休のカバーはすすんでするし、連れて来る赤ちゃんは、もれなく抱っこしたい。あの、ぷにぷにほっぺ、ぷくぷくあんよ。たまらない。きゅうん!だ。
春先にも、母に借金を頼み込まれて、姪っ子の歯列矯正代を、全額出したばかりだ。
とある、うららかな春の日。
「お願い、お姉ちゃん!必ず返すから」
突如、一人暮らしのアパートに現れ、ぺこぺこと頭を下げる母。
「し、歯列矯正?……それは、
お酒と車とギャンブルをやめたら、すぐよ。共働きだし」
「それがね。今すぐ、始めなきゃいけないんですって!
リフレッシュするのにも、お金がかかるの。
お財布は、
「お母さん。……お金のかからないリフレッシュ方法なんて、今どき、いくらでもあるのよ。
お
「そんなあ。お姉ちゃん、冷たい」
「まずは、
その週の週末。
私はクロの散歩がてら、犬小屋のタオルケットを入れ替えていた。
すると。
タオルケットの下から、消費者金融のレシート。それから、いかがわしい夜のお店の名刺が出てきた。クロは、うるうるの瞳で私を見つめると、くふぅん、と、悲しそうに肩を落とした。
クロはクロなりに、喧嘩の火種を隠そうとしたらしい。
(我が愛犬ながら、なんて賢くて優しいの!
そして、我が弟ながら、なんて愚かな。……まさか女遊びにまで、手を染めるなんて)
そんなわけで、母にまとまった額を渡したのがその日の夜。
しかし、夏になっても母からの返済はなく、姪っ子の歯列矯正も一向に始まらない。
初夏の早朝。
週末の実家。
私は、クロのトリミングかたがた、「あの矯正代って、どうなったの?」と、聞いてみた。
すると、新品の夏服を着た母は、ギョロリと目の色を変えた。
「はいはい、返しますよ!はい、一万!
あのね?あなたと違って、私や
あなたは、おひとりさまなんて、勝手な生き方をしてるんだから、仕送りくらい出してくれて当然よっ」
そう捲し立てると、ドスドス、ズカズカ、バタンバタン!と物音を荒げて、畑へ行ってしまった。
(なんてこと。『借金』が、……『仕送り』に変換されてしまった)
ほどなくして、美容院帰りの母のパーマがパリッと光り、ネイルサロン帰りの義妹の春子さんのネイルがキラッと光り、歯科医院帰りの姪の
そして、
私は安堵と呆れで、あんぐりと口を開けたまま、土間に立ち尽くしていると、甥っ子の
「きゃっ!」
「
「お昼食べたら、さっさと帰ってよね」
しかし。
老犬になったクロ。
彼女の世話は、主に母や弟一家が引き受けている。
母は、そのことは決して引き合いに出さなかったから、まだ人としての心は残っているのだろう。
まあ、私が実家を出たのは、弟一家が突如押しかけてきたせいなのだけど……。
(実家のリフォーム代を一括で出したのも、…手…私なんだけどな?それとは別に、またローンを組んだってこと?母も弟も嘘つきだから、何が何だか、さっぱりだ)
私は、パリッと整ったクロとともに、複雑な気持ちで軒下を行き交う親ツバメを見ていた。
「かわいいねえ。でも、割に合わないよねえ」
(きっと。……みんな、すごくすごく疲れてるのだ)
私は、スマホの資産管理アプリを開いた。
(私のマンション資金と老後資金は、
子どもたちに罪はない。
(母も、
父や弟に関わらない人生だったら、……もっともっと、自由で豊かで平和に暮らせただろうに)
父は、はるか昔に失踪し、私と
「ミー・ア・キャット解散。ニャオンくん、結婚だって」
その声に、私はハッとした。
声の主は、スマホ片手に、休憩室に入ってきた同僚の
「ああっ!!」
私たちは、一斉に後輩の
それから、両手を駆使した高速タップで、何かを打ち、あちこちに身体をぶつけながら、よろよろとオフィスを去っていった。
「待って、
休憩室のテーブルでは、まだ食べかけのぴよこ饅頭が、寂しげにこちらを見ていた。
推し活だって、夢を見すぎるのは禁物だ。
「だから、推しは、複数持つのがいいんですよ。ぴよぴよぴよ」
後輩の
「連帯責任」
そして整った指の
私は、
油性ペンで若菜さんの名前を書き、バタンと冷蔵庫へ入れ、デスクにその旨の付箋を貼った。
「そこまでします?」
「ぴよこに罪はないから」
「さすが、ダメ男製造機」
「うう。……自覚は、あります」
そして、スマホでアリフォルニア旅行のホテルを、ポチリと予約した。
「私、
「私もよ、
☆
そして。
そんな私がまさか、……イケメン騎士役の三人の男と『空飛ぶ竜車』に乗る日が来るなんて。
(夢は夢として楽しむ。しかし、深入りは禁物。)
――『俺はいつでも、条件の良い方へ行く』
ゲームのイケメン傭兵のクールな姿が、再び脳内に過る。
(過度な期待はしない。了解。)
そうでなくても、私は、『悪質クレーマー』のたぐいには、ぜったいになるまい、と、心に誓っているのだ。
緑髪の青年が、どさっと書類を横のキャビネットに置いた。それから、長い足を組み替えながら、口を開いた。
「やあやあ。絞り尽くしてしまったようだね、テン。血も、記憶も」
テン。
柔らかく、爽やかな声。
親しげに優しく名前を呼ばれるのは、不思議だが心地良かった。
「お帰り、テン。
まあ、
「そんな!テンちゃん。もう、俺たちが判らないの?」
金髪の少年が、悲痛な声で叫んだ。
(テンちゃん、だって。
ふふ。かわいい。上手な子役さん)
「そう。記憶喪失だ。テンが、自分でやったんだろう。
『
実に、騎士らしい、誇り高き振る舞いだ。
彼女なりに、こちらへ帰還する算段はあったんじゃないかな?」
「……クロエンゲージュ様は、何と?」
「城へ、お連れするようにとだけ」
(私は、記憶喪失。そして、これから、クロエンゲージュ様に会う。そういう設定ね。了解)
私は、波打ち際にうつ伏せに倒れている、旅の勇者を思い描いた。
そして、ふと思った。
「有料サービス、……じゃないよね?」
思ったことが、そのまま口に出てしまった。
もの凄く小声のつもりだったが、隣の黒髪の青年には、ばっちり聞こえていたらしい。彼も小声で答えた。
「(……俺は、そういうのは好かない。貴様、本当に、文様は欠けずに残っているのか?)」
「(無料の範囲で、いいってことですか?)」
「(……当たり前だ!!これは、預かっておくぞ)」
彼は、恥ずかしそうに目を伏せながら、床に落ちた私のスマホを拾った。
(なんで、あんなに動揺したんだろ?想定外のアドリブ演技かな?)
彼の顔こそ涼しいが、耳元はみるみる紅潮してゆく。
(あれっ、……意外と人間味があるのね、この人)
私は、ワクワクしてきた。
(これが、推し活にのめり込む気持ちなのかな?)
それに、無料とわかれば一安心。
(めいっぱい楽しんで、万が一、有料コンテンツが始まったら、すみやかに退店しちゃお)
やがて、正面には光り輝く扉が現れた。
出口だ。
(……眩しい!!)
虹色のアプローチを抜けたそこは、――初夏の空だった。
遠方の小さな丘に、青白く輝く西洋風の小さな城が見えた。
「わあーーっ!!」
竜車は、まるでロープウェイのように、スイーッと滑るように空を駆け、その青白い城へと向かっていった。
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