Hollow me

海中金雪丸

One of Us Must know

 夜から夜へと継ぎ目なく渡るのは、そうおかしなことでもない。朝があり、昼があり、ようやく夜が訪れるという考えは、そのようにしか時間が流れるべきでないと考える人々の固定観念にすぎない。

私達の世界は固定された在り方を妊みはするが、

私達はそのように世界を見ることはしない、しえない。それだけだ。


 「仕事へ行ってきます」

ドアを開けて街へ出た。

いとも妙な歌が天上から囁きのように聴こえる。疲労だろうか。

燕尾色の高層建築群、明るい空、甘い香をたてて通りすぎた明るい色の短髪。

群衆と喧しさが、私とともに流動している。


 「どなたかシャケツを行ってくださいませんか!!」急患であるがゆえ、菌だらけの街中だろうと躊躇ってはいられない。いますぐにシャケツをしなければ、雄牛を殺せるほどの血を吐くことになってしまうのだ。

 

 ドパミンと奇麗な血をいっしょに流しながら、僕は街中を徘徊している。

この街はからッぽかもしれない。そんな得体の知れない不安がシャクシャクと激痛を伴って訪れてきた。

「どなたかドパミンをわけて下さいませんか!!

痛いのです、傷口が病熱を患ったようになっているのです……。」

さっきよりも深刻によろめきながら徘徊していると、中華料理の美味しい懐石料理屋の軒先から証券会社のCEOが作務衣を着てあらわれた。

「おや、キミは随分に疲れているようだな。

はやく家に帰って眠るべきだ。

医者にもかかるべきだ。瀉血をしてもらいなさい。」CEOは抑揚なく言った。

「CEO、血をわけて下さい。それが必要なのです。

僕はわけあってお医者様に嫌われていますゆえ、教会には入れません……。」

CEOが、ロールス・ロイスに乗り込もうとするのを無理矢理遮り、首元から無造作に血を少量拝借した。

「CEO……仕方がないですよね?

ニンゲンだれしも事情があります。

……辺獄くらいにはきっと行ける、そう思いますよ……。」

札束を数えながら、血のついたロールス・ロイスの運転席でCEOは死んだのである。


 僕はシャケツをしてもらうために、列車に乗って隣街町に向かった。およそ400キロくらいは走破したはずだけれど、いっこうに到着しない。

「車掌サン、この列車は異空間をさまよってるんじゃないかってくらいに隣街町に到着しませんねぇ。」僕は諦観まじりに、プーッと煙を吹いている車掌に尋ねた。

「イヤぁ……お客サンッ、この列車は星間鉄道でござんすから、隣街町へ行きたいッてぇことなら飛び降りていただく他に、しようがござんせんよッ。」

ダシヌケに大きな声で、車掌はそのようにアナウンスした。

僕は車掌の首を絞めあげてから、列車のスイッチを切った。自席のベルトをちぎって、座席から飛び出した。

パラシュートを開かないまま400尺ほど落ちて行った。

墜落の最中、僕にソックリの少年が、紫の層雲の海から項垂れなが墜ちていった。


 僕が降下した場所は、鉄工場だ。

厳かにクラクラと暗くなっていく工場内で、ヨッカかイツカ前からコークスとなにかの化学物質を焚いているらしい坩堝から、空腹を自覚するような薫りがした。

覗きこんでみると、そこには不揃いな形の肉塊がコンガリと焼きあがっていた。

僕が肉を夢中で眺めていると、クレーンに釣られた祭りのある街の夕焼け色の溶鉱炉が落下してきて、

ポンプとボイラーと圧力計指針が煤けた瓦礫となった。

被害者はなにも機械類だけではない。

僕もアチアチの鉄塊が左足に直撃して使いものにならなく成ってしまった。

僕はシャケツをしてくださる方に出会うために、もっと歩かなければならないのに、こうなってしまってはずいぶんと歩きにくくなってしまう。

しかたがないから、僕は無免許だけれど車を運転することにした。

鉄工場のおもてに停められていた、スーパーカーに乗り込んだ。


 僕は喉の渇きに耐えかねて、山から流れる川の水を啜ってしばらくしてから、いろいろなことがなめらかに、アタマを貫通した。

いや、水を飲んでいるときに親切な旅人が、シャケツをしてくれたからだろうか。 

 

 ついさっきまでの僕を爆薬の詰め込まれた筒だとするなら、いまは、まぎれもなく空洞だ。

無意味の意味もなければ意味の無意味もここにはない。

ないのだ。なんら実的には意義を持って存続、

所有されていない。

単に肉体が意識の残滓として存在し、純粋な経験を受動するのみであり、能動的感覚は喪失された。


もはや僕は、ソフトに死んでいる。

「僕は生きながら死んでいるのさ」

見ず、語らず、聞かず

「なにも知り得ない、語り得ない」

総てを知覚したがゆえに

「なにもかもが僕を知覚しない」

自と他に収束する

「透明に、恣意的に時間が流れていくだけだ」

時間は一方向にのみ流れるべきではない

「だれも僕を必要としない」

自と他は同一にほかならない

「僕がのびて、ちぢむ」

延縮、あらゆる場所に存立する

「何者も私を評価することはできない」

評価、原義的な意義の喪失

「社会的な全てに私は忘却される。逆もまたしかり」

社会、接続があらゆる方向に途絶える

「自由、それこそが私に確約された理解」

自由、他であり、自であることを許す

「知性、それを超過する」

知性、非言語世界へと放逐される

「理解、果実のように熟れて奈落まで落ちていく」

理解、高くへ墜落していった

「空洞と化した私と、それを取り囲む愚民」

文化の敗北、文化資本の形骸化。


「Hollow me」



 






 

 


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