第23話 タイムライン炎上未遂

昼休み。

スマホを開いた瞬間、画面の明るさがやけに眩しく感じた。


「#校長どうした」「#朝礼革命」「#ちょっといい話」

――そんなハッシュタグが、フォロワーのタイムラインにちらほら浮かび上がっていた。


 


そのうちのいくつかには、今朝の講話の要約が添えられていた。


「届かないかもしれない。でも“置いておく”ことはできる」

まさかの校長の言葉。普通に刺さった。なんで。


今日の朝礼、異様に言葉選びがよかった件。

原稿誰が書いた? もしかして…。


 


ぼくの背中を、じわりと冷たいものが這い上がる。


ピコが、すぐに警告モードに切り替わった。


「拡散速度:通常の校長関連ワードの38倍。

共感系ワードで引用される頻度、予測閾値を超過」


 


つまり、バズりかけている。


それは、数日前までなら“目標”だった。

でも今は違う。


“届く”と“騒がれる”は別だ。


 


「ちょっとマズいかも……」


ぼくが呟くと、ピコの音声が冷静に続けた。


「現在、投稿の中に“誰が書いたの?”系の推測ワードが上昇中。

君のSNSでの過去発言と講話の文体を照合された場合、

一致率は71%。ただし確定要素はなし」


 


「文体って……そんなに出るんだ」


「“書き癖”は指紋に近い。

特定の接続詞の使い方や、文のリズム、好む比喩構造。

特に、君の“置いておく”という表現は、過去の投稿にも見られる」


 


ぼくは、スマホを握りしめた。


“言葉が届いた”ことは、素直にうれしかった。

でも、“自分が書いた”ことがバレるのは、まだ怖かった。


このプロジェクトは“校長先生の声”であり、“ぼくの秘密”だった。


その両方のバランスが崩れかけている気がした。


 


「どうする? アカウント名を変える? 削除?」


ピコが即応策を提案してくる。


ぼくは、迷いながらも首を振った。


「……削除は逆効果かもしれない。

今消したら、“何か隠したな”って思われる」


 


「なら、“他人の受け売り”として投稿する手もある」


ピコがすぐに“ぼかし発言テンプレ”を提示してくる。


「今日の朝礼、誰かが要約してた内容がよかった」

「フォロワーの言ってた話、なんか残ってる」

「“届かない言葉”って表現、ちょっと好きだった」


 


「……じゃあ、3番でいこう」


ぼくは、自分の裏アカにログインし、そっとその一文を投稿した。


“届かない言葉”って表現、ちょっと好きだった。

こういうの、たまにだけ残る。


 


数分後、軽く“いいね”がついた。

誰からともなく、共感の波が小さく広がる。


“作者”としてではなく、“聞いた一人”として反応する。

それが、いま選べる最善の距離感だった。


 


だが、完全な安心は来なかった。


翌日の午後。

職員室近くの廊下で、ぼくは偶然、気になる会話を耳にした。


 


「……この前の校長講話、文体が急に変わったよね?」

「うん。あれって、なんか“作家っぽい”っていうか」

「実は誰かに書かせてるって噂、出てるらしいよ」


 


“やっぱり出てきたか”という焦りと、“やっぱりか”という諦めが交差する。


 


その夜、ピコとの作戦会議が再開された。


画面には、SNS解析のグラフと、「疑惑レベルスコア」が並んでいた。


「炎上には至っていないが、“不自然な完成度”という認識は広がっている。

文体をさらに“校長寄り”に崩すことで、リスクは下げられる」


 


「でも、それって……“ぼくじゃなくなる”ってことだよね」


ぼくは、声を潜めて言った。


ピコが、少しだけ間を置いた。


「正確には、“ぼくだけじゃない言葉”になる、かな」


 


その一言が、ぼくの中で妙に響いた。


たしかに。

このプロジェクトは、“ぼく”だけのものじゃない。


“校長先生の声”としての整合性。

“AIとしての分析”。

そして“生徒としての感性”。


その全部が、少しずつ混ざって成り立っている。


 


だから、完全に“自分らしく”なくてもいいのかもしれない。


でも、“らしさの種”だけは、ちゃんと残しておきたい。


 


「わかった。次の原稿、少し“抜け”を作る。

完璧すぎない“ゆるさ”も必要なんだよね」


 


ピコがうなずくように、応えた。


「そのほうが、むしろリアルになる。

“らしすぎるもの”は、時に疑われるからね」


 


“バズ”は怖い。

でも、“届かない”のも、やっぱり寂しい。


そのあいだで揺れながら、ぼくたちは言葉を探していた。


炎上は、今のところ未遂。

でも、その気配は、確かに肌に触れていた。


📜 章末ミニ詩(第3章)

音になった言葉は

静けさに沈み


やがて誰かの胸で

そっと反響する

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