同じ歩調で
12月23日
寮の自室で松島が何をするでもなくネットで動画を再生している。
「今年は色々あったな」
「昇任して女子高生を好きになって監察事案を起こしてクビになりかけてB4零号室に飛ばされて今に至る」
(電話? 知らない番号からだ)
松島のスマートフォンから着信音が鳴り響く。
(知らない番号からの電話は出たくないんだが)
着信音は、なかなか鳴り止まない。
「しょうがないな」
根負けした松島が電話に出た。
「もしもし?」
警戒して自分の名前は名乗らなかった。
「松島さんですか。中之郷です」
電話の相手は、よく聞いたことのある声だった。
「中之郷さん、こんばんは。よくこの電話番号が分かりましたね」
「いやあ、ちょっと弁護士先生にお願いして照会をかけてもらいました」
中之郷は悪びれもせず笑い飛ばした。
「またですか。勘弁してくださいよ」
松島も苦笑するしかなかった。
「ちょっと折り入ってお話をしたいことがありまして。急なことで申し訳ないのですが、明日、私の家までお越し願いますか」
中之郷がていねいにお願い事をするときは、どうあっても押し通したいときだ。
「明日なら何もありませんからお伺いすることは可能です。ただ、暴対係から離れていますので、私用で中之郷さんのお宅にお邪魔するのは組織的に好ましくありません。一応、上司に伺いを立てます」
「分かりました。お返事をお待ちしています」
中之郷が電話を切った。
(どうしたもんかな)
松島に断る理由はなかった。
しかし、やはり訪問先が暴力団組長の自宅というのがよくない。
(電話するか)
松島がスマートフォンの電話帳アプリを開いた。
「もしもし、松島です。お疲れさまです」
「夜分にすみません。参事官にご相談したいことがありまして」
「実は、暴対係のときに担当していた組の組長から自宅に招かれました」
「はい、用件は言われませんでした。折り入って話したいことがあるとだけ言われています」
「巌組の総長、中之郷巌です」
「いいんですか? 分かりました。ありがとうございます」
松島は電話を切り、着信履歴から中之郷に電話をかけた。
「明日、お伺いします」
「そうですか。ありがとうございます。それでは、明日の午後6時半にお越しください。なんならそちらまで迎えの車を差し向けますが」
「いやいや、それも勘弁してください。電車で行きます」
翌日、12月24日。
街はクリスマスイブでどことなく浮かれた雰囲気に包まれている。
「では参事官、行ってきます」
終業の庁内放送を待って松島は大逸に中之郷邸訪問の挨拶をした。
「行ってらっしゃい。気心が知れているとはいえ、相手はやくざ者です。取り込まれないように用心してください」
「はい」
松島は、警視庁本部の副玄関を出て田園調布に向かった。
(折り入っての話ってなんだろう?)
(担当を離れてもう半年以上経つし、今更何を話したいっていうんだ)
田園調布に向かう電車の中で、中之郷が自分を招いた理由をあれこれ想像してみた。
(分からん)
結局、何も思いつかないまま田園調布の駅に着いてしまった。
「倫子さん?」
駅の改札を出てすぐのところに旧田園調布駅の駅舎がある。
その駅舎に寄りかかるように佇む懐かしい人物の姿が松島の目に映った。
前髪を下して顔を隠すように俯いた猫背の少女だ。
見間違えるはずがない。
それが倫子だとすぐに分かった。
「お久しぶりです」
松島は、倫子に駆け寄った。
「あ、松島さん。お久しぶりです」
りんこがぺこりと頭を下げる。
「実は、中之郷さんにお招きされていまして。これからお宅に伺うところなんです」
「聞いてます。パパから松島さんをお迎えに行くように言われたので」
りんこは、相変わらず下を向いたままだ。
「あ、そうなんですね。わざわざありがとうございます。じゃあ行きますか」
「はい」
二人が肩を並べて歩き出した。
「きれいな月ですね。これじゃホワイトクリスマスは望めそうにないかな」
松島が天を見上げた。
その日は快晴で、都心でも珍しく空気が澄み、きれいな星空に明るい月がぽっかりと浮かんでいた。
「ほんとですね」
松島の言葉に促されるようにりんこが顔を上げて空を見上げる。
「今日はメガネじゃないんですね」
顔を上げたりんこの瞳に月の光が映り込むのを見た松島が彼女の変化に気づいた。
(そういえばりんこちゃんともこんな感じに並んで花火を見たんだな)
松島は、隣に倫子がいるのに、頭に浮かんだのがりんことの思い出だったことに軽い罪悪感を覚えた。
「はい、コンタクトレンズにしてみました」
りんこは視線を地面に戻して俯いた。
「メガネもコンタクトも、どちらもいいですね」
松島は、星空からりんこに視線を戻した。
(また松島さんと会えた。もう死んでもいい。マジ死んでもいいわ。死なないけど)
りんこが俯いたまま鼻息を荒くした。
駅から続く放射状の道を寄り添うように歩く二人の足音が、いつしか一つのものとして聞こえるようになっていた。
「ふふ」
りんこが口元に手を当てて小さく笑った。
「どうしました?」
(珍しいな、倫子さんが笑うなんて)
「足が揃ってて行進みたいだなと思って」
「あ、本当ですね。いつの間に。じゃあ、家まで行進しましょうか」
「はい」
りんこが松島の顔を見上げた。
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