会議
人事一課会議室で松島の処遇に関する会議が開かれている。
職員の懲戒処分は、正式には警察職員懲戒審査委員会で決定される。
その委員会に議題として提出する前段階での打ち合わせだ。
「両当事者が性交の事実を認めていないうえ、少年が診断書まで出してきたのでは、性交の事実を客観的に裏付けるのは不可能です」
主席監察官が人事一課長に最終的な報告を行った。
「おまけに少年の保護者が被害の申告をしないと言っています。少年と松島巡査部長のスマホからは金銭のやり取りはおろか、性交を思わせるようなメールやトーク履歴も一切出ませんでした。むしろ松島巡査部長が少年の暴走を抑えているかに見えるほどです。少年と被疑者が事実を否認していても、保護者の被害申告があれば、なんとか書類で送るくらいはできます。しかし、証拠もなく、保護者からの被害申告もないとなれば児童買春や淫行として送致することはできません」
陪席の少年育成課長が福祉犯担当としての見解を述べた。
「性交の事実がないなら、ラブホに連れ込んで外泊させたのはどうなる? 児福(※)や健全育成条例の可能性も考えられる」
※ 児福:児童福祉法(昭和22年法律第164号)
人事一課長が他の罰則適用の可能性に言及した。
「児福ですと、34条で『児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、これを自己の支配下に置く行為』が罰則としてあります。しかし、今回は性交あるいは児童ポルノ製造のような目的であることが立証できていませんので、これも使えません。健全育成条例についても『深夜に青少年を連れ出し、同伴し、又はとどめてはならない』としていますが、これも保護者の同意がある場合は罰則が適用できません。今回は、保護者が同意したと明確に供述しています」
少年育成課長が手元の記録を見ながら説明する。
「なるほど。風適(※)はどうなんだ」
※ 風適:風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和23年法律第122号)
「はい、ラブホテルは風適上は店舗型性風俗特殊営業に該当します。しかし、法律では店舗型性風俗特殊営業を営む者の義務として『18歳未満の者を営業所に客として立ち入らせること』を禁じているのみで、連れ込むことに関しては何も規制していません。というのも、ラブホテルに少年を連れ込むのは、性的な目的であることが普通で、その場合、淫行や買春に当たるので、あえて風適で罰則を設ける必要がないと立法者が考えたものかと」
「まったく間抜けな立法者だな。こんなところに穴を開けやがって」
人事一課長が苦笑した。
「犯罪不成立である以上、刑罰法令に触れる行為があったとして懲戒にかけることはできません。懲戒にかけるとしたら倫理に反する行為であるとして信用失墜行為を適用することになります」
主席監察官が懲戒処分の可能性について触れた。
「信用失墜行為か……誰の信用が失墜したんだ、この件で」
人事一課長が考え込む。
「松島巡査部長は、倫理に反した行為であることは認めています。しかし、それをもって自主的に退職する意思はないと言い切っています。監察としても、このような状況で懲戒免職にすることは不可能です」
「そもそも私は彼をクビにするつもりはない。とはいえ、組長の娘に手を出したことは事実だ。今のところ組長は穏便に済ませる腹のようだが、今後どう転ぶか分からないし、配下の者の跳ね上がりも懸念される。彼の安全を確保することも考えなければならないだろう」
首席監察官の意見に対して人事一課長が処分の方向性を示した。
「では、やはりあそこに……」
首席監察官が人事一課長の顔を覗き込む。
「うむ。松島巡査部長は戒告処分とする。それと同時に異動の発令を行う。今ここにはいないが、大逸参事官とも相談した。彼が受け入れてくれるそうだ。あそこなら松島巡査部長の安全も確保できる。過去、最終処分場と言われたあそこだが、今は再処理工場として機能するようになった。松島巡査部長の再起を期待する」
人事一課長が会議を締めた。
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