第四夜 余燼

営業中の美容室、怪談を語る場としては考えうる限り最悪の中の一つであると、個人的には考える。

怪異の発生現場として見た場合、むしろ美容室はかなりポピュラーだと言うことは勿論理解る。

練習用に使われる頭部のみのマネキン、沢山の鏡、切られた大量の髪と、およそ怪談に必要とされる要素には事欠かない。

美容師という職業もまた、看護師や水商売に次いで怪談の宝庫である印象を持っている。


それでも、それでもだ。

営業中の美容室、特に昼下がりの美容室だけは、宜しくない。

本話を聞かせていただいた時は、残念ながらまさにその状況であった。


外の通りから見えるように設計され、午後の暖かな日差しが降り注ぐ店内。

各々こだわりのファッションと、技術を誇示するが如き髪型

で武装した美容師達。

顧客に快適な時間を提供するため、完璧に調整された室内環境に内装、華美な調度品の数々。

ほのかに香る香水と染髪用薬品の匂いが絶妙に混じり合う室内は、負の感情の煮凝りたる怪談とは絶望的に相性が悪い。


カットの最中、何の気なしに怪談蒐集を趣味としている事を話したところ、まさかのオカルト好き、かつ体験談持ちである事を知ってしまったのが運の尽きであった。

他のお客様も多数、最先端のファッションや話題のスイーツ、甘酸っぱい恋の悩みや髪質に合うシャンプーに関する会話が飛び交う中、まるで場違いの怪談談義を嬉々として語りあう我々こそが正に怪異の一種であったろう。

真後ろの席から鏡越しにこちらを伺う若いお嬢さんの、何やら異変を目にしてしまったと言わんばかりの表情は、今もって忘れがたい。

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