第10話

昨日は久しぶりによく眠れたので、慌てて時計を見たが、いつも起きる時間の20分前。今日は全く眠くないので、いい調子だ。カーテンを開けると、光が差し込み、部屋が一気に明るくなる。遠くのほうに、この間割れた山が見える。今は何もなかったかのように、ゆったりと聳えている。うーんと伸びをする。


「オ、ナンジャこの狭い部屋は? どこかの物置部屋か?」


うーんと伸びをする、そして洗面所に歩いていく。


「ふむ、ここは高いところのようじゃな。こやつは塔に幽閉されておるのか?」


僕は鏡の上の蛍光灯のスイッチを付けた。


「おお! 詠唱なしで周りをここまで明るくするとは、こやつなかなかやりおる。

ま、わしとは天と地ほどの差があるが」


フェイスソープを使って、水を出して顔を洗う。


「おお! 今度は水が! 上手く穴が開いておるから、上手に出てきおるわい。なるほど、水の魔法を使う場所を決めておるわけか。なかなか賢いのお。この石鹸もなかなか気持のよい高級品であるな」


タオルで顔を拭き、って、もう、うるせえ! 無視すれば帰ってくれるかと思ったがそうもいかないらしい。


僕は大きな溜息をついた。


「それにしても、なぜ魂の統合が上手くいかぬ? 術式を間違えたのじゃろうか? いやそんな訳があるまい。わしは世界で唯一の一級魔法使い、なにより今まで6度は転生が成功していたのじゃ。7度目だけ失敗ということはあり得まい」

「あなたは失敗していません。僕がただ自分に転生してくる魂を完全隔離するように設定しているだけです」

「なんだと!? わしの声が聞こえるじゃと!? そんなことができる訳が? わしはまだ体を獲得していない、だから魔力もない、だから思考はできようとも届けることなど不可能なはず!」

「僕の能力の一部を貸し出していますから。そうでないと対話もできませんし」

「それがどうして出来るのか分からんが、なによりそこまでの準備を一瞬で!? おぬしは未来予知ができるのか?」

「出来ません。対策をしていただけです」


出来たらあなたが来る事自体をキャンセルしてるわ。一回融合してきた魂を分離するのって面倒なんだよ。それを5歳の時から26回? もう飽きましたわ。


「それよりもあなたの目的が聞きたい。そしてなぜ19歳の僕に転生してきたのか。体から作り換えるなら、幼いとき、それこそ5歳から10歳までには転生してこないと意味がないはずだ。19歳はほぼ体付きが完成している。勿論変更は可能だけど、幼いときよりもはるかに大変なはず」

「ふむ。よかろう。答えよう。わしの目的は、わしの魔法研究を完成させ、世界を救うことじゃ。そして、なぜ19歳なのか、か? そんなの決まっておろう。天寿を全うする前の命の転生して、その体を乗っ取るなど、邪悪ではないか」

「天寿を全うする?」

「うむ、人間は十台の半ばまでに相手を見つけ、子供を生み、ほとんどが二十台で死んでゆく。もちろんもっと生きるものはいようが、そんなものは例外中の例外。魔法によって人の限界を超え、老人になったわしのような者くらいよ。そうであろう?おぬしは何人子がおるのじゃ?」


なるほど。そういう世界から転生してきたわけね。まあこのじいさん、嘘ついてるんでなければそこまで邪悪なわけではなさそうだ。僕が幼いときに転生してきた奴らははるかに酷かった。自分が作った国やら、建物やら、技術やら、子孫やら、制度やらが未来永劫存続していないのは許せんなどといいだす、老害軍団だったのだ。自分がやりたいことを自分がやるなら結構だが、人に自分が死んだあとも押しつけようとか、ホント老害でしかない。それでいてあいつらは自分が正しいと信じきっているから始末におえなかった。


「あなたの言いたいことはほぼ分かりました。それで、世界を救うため、とはどういう意味です? とある病気を治せるようにして、とか、人々がより相手を思いやれる心を持てるようにする、とかそういう意味ですか?」

「なにを言っておるのじゃ? 世界を救うというのは文字通り、世界を救うという意味じゃ」

「この世界、あなたの知っている世界とはもう全く違う世界ですよね。もう世界は救われたのではないですか?」

「たしかに、この世界はわしの知っている世界とは全く違う世界じゃ。わしは、転生を重ねるたびに、転生先の時代を長く、より長くしていった。その魔法の改良は、最後の転生の前に、それまでの改良が塵芥に見えるほどに進んだ。わしはこの世界に関して全くの無知だ。それは完全に認めよう。ただ一つ確実なことはある。この世界は救われていない。なぜなら、世界滅亡の原因となる史上最大の害悪は、わしの魂に封印して、一緒に転生してきたのじゃからな。すなわち、世界は束の間の平和を味わっていたに過ぎない」

「史上最大の害悪とは、どのくらいです?」

「うむ、もしもわしが転生せず死んだとしよう。さすれば封印は解けよう。そうでなくとも、封印をやつらに解かれ、わしがやつらの再封印が出来なかったとするな。すると、この星、この星が回っている太陽に強く影響を受けておるほかの天体、太陽のような星をうずまいた砂場の砂粒の一粒とした、砂場全体の星。それらが3分で消滅するな」

「たしかにそれはちょっとまずいですね」


僕は自分の体の中を診て、その害悪なるものを探す。じいさんの魂に紐付いているものを見ていくと、幾つかに分離されてそれが散らばっているのが見えた。今の所なんとか圧殺されてはいるが、それは無防備に開放されれば、じいさんの言っている未来予想も強ち嘘ではないようだ。だから、


「とりあえず、大学行きますね」

「大学とな? そこに行けばおぬしは心残りがなくなるのか?」

「いや、この体はお渡しできません。あなたのことはなんとかします。ご心配なさらず」

「わしのことはいいとしても、害悪の封印がもういつ解けるか分からんのじゃぞ?」

「さっき、診ました。あと一週間は絶対大丈夫ですが、今日の夜にはなんとかしますから。とりあえず行きます。 講義に集中できなくなるので、おしゃべりはなしでお願いします」

「コーギとな? 話せないというのは魔法修養所に行くからか?」

「おしゃべりはなしで!」


今日はせっかく朝早く起きたのに、じいさんが飛び来んできたせいで、朝ごはんはなしになってしまったのだった。



そして、16時。すべての講義終了後、ほかの学生がさっさと帰っていく中、僕は机の上のつっぷしていた。


「どうしたんじゃ? 一日中座っていただけじゃろう? わしより体力がないのではないか?」


このじいさん、決して悪気はないのだが、四六時中話しかけてくるのである。


「大学とは学舎のことか。その年だとおぬし教師だったのか?」

「ふむ。こういう記号の使い方をこの世界ではするのか、面白いな。答は24じゃが」

「白い板に文字を書くのに、下の黒い文字盤をわざわざ使ってなんの意味があるのじゃ? 直接白い板に文字を書き込めばよかろう」

「うむ? なんじゃ? あの小僧の手の中の石が光ったぞ?」


なんというか、研究好きというか好奇心旺盛すぎるのだ。何度も講義中に、じいさんに静かにしろと話しかける訳にもいかないので、主音声にじいさんの雑談、副音声に先生の講義という二重音声状態。講義をそんな状態で何個も切り抜けた今、僕の集中力は限界であった。


「うむ、しかし、おぬしが、この大学というところにわしを連れてきた真の理由は了解した。なるほど、ここにはおぬしか、おぬしより上の年齢の者達ばかり。教師はさらに年齢がずっと上のものじゃ。つまり、おぬしの年齢は、人生の終りではぜんぜんないということじゃな。ここまで寿命が伸びるとはな。教師の年齢からすると、六十歳までは、だいたい生き長らえるのじゃろう? そんな世界でおぬしが体を渡しとうないと、神がかり的な必死な抵抗をするのも無理はなし。わしだけのことなら、おぬしが死ぬまで待っていてもよいのだが、害悪があるからのう。同じ体で、死ぬ間際に再転生を試してみるか? 問題は、魂のままでは再転生などできぬということだが」


机から起きあがらない僕を見てじいさんが一人つぶやきだす。僕は顔を横に向けた。


「いったでしょう。あなたのことは今からなんとかします。害悪も含めてね」

「何とかとはどうするのじゃ?」

「とりあえず、材料を買いにいきましょうか?」


僕達は教室を出て、路面電車に乗る。その終点からしばらく歩き、とある公園についた。公園といっても、地面はコンクリートで覆われ、四方が中華風の門で囲まれているだけの、殺風景な広場である。僕達は真ん丸い穴があいた門に近づき、近くの銅像に、スマホを翳す。すると、丸い穴が一瞬黒くなったので、その中に飛び来んだ。当然そこは同じ広場である。しかし、周りの建物の様子は全く変わっている。


「なんと!? 空間転移か!?」

「いや、時間転移ですよ」


僕はそう答えながら、目的の電器店に歩いていく。この時代のお金はまだ十分ある。しょっちゅう来てるし。そう。嫌になるほどしょっちゅう来させられているのだ。いいかげん、ストックしておこうかとも思うが、それも運命に敗北しているみたいでしゃくだと思う。


まずはPCコーナーに行く。


「なにやら点滅するものが多くて、危なっかしいのお」


じいさんの小言を無視して、汎用型の無機物専用AI構成チップを買う。さらに電器店の医療機器コーナーに行く。これは、わざわざカウンターに頼みに行かないといけない。


「お客様? どうされました?」

「iPS98をFull growthで1本、いや2本お願いしたいんですが?」

「Yamanaka製でよろしいですかね? 生物許可書はお持ちですか? はい、確認できました」


銀色のタマゴ型のものを2つ購入すると、即座に店を出て、広場に戻る。


「せわしないのお」

「さっきは人がちょうど居なかったんですよ。出るときはいいんですけど、転移開始のときは人が消失するように見えるから、見られないほうがいいんです」


僕はさっさと門の近くの像にスマホを翳すと、現われた黒い空間に飛びこんだ。そのまま、今度は家に帰ると、自分の部屋に戻る。そして、クローゼットを開ける。


「正装してまたどこかに出掛けるのかのう? この生地の厚さは頼りないからのう」


ハンガー掛けのポールにスマホを翳すと、クローゼットの奥の板がスライドして、奥の部屋への入口が開いた。


「なんと!? しかし、こちら側は廊下に面していたような? このクローゼットの大きさくらいの奥行しかなかったはずじゃぞ? これは空間魔法か!? 」

「そんなようなものです」


僕がやったんではないんだけどね。中は洞窟になっており、奥まで続いている。不思議となんとなく明るい。


「うむ、じゃとしても、これは広すぎるじゃろ!わしですら、おぬしの家くらいの広さで精一杯じゃ。これはどこまで続いているのか!」

「どのくらいだったか忘れました。とにかくさっさと行きましょう。今日は課題もでちゃったし」


洞窟を入ってすぐ、左への通路がある。そっちはすぐ行き止まりなのだが、くぼみを操作すると、隠し扉が開くのだ。ゆっくり壁がスライドし、中の部屋が見える。全面に機械が敷き詰められ、何箇所か機械に接続された寝椅子、そしてソファーがある。


「お帰りなさいませ、ゴシュジンB。前回コチラに来られてから、15日にナリマス」


中に入ると、ソファに座っていた小さな女の子がゆっくり立ち上がる。うちの妹の幼いときにそっくりだが、それは当然のことだ。ちなみに、これは僕の趣味じゃない。うちの妹の強い要望があってのことだ。


「ディガには家で毎日会ってるよね?」

「『自分の部屋にぜんぜん来てくれないお兄ちゃんなんか、キライ』デス」

「それ、マジ心にくるからやめて」


ディガは声も妹の小さいときと同じだから、似せようとされるといくらでも似せられるのだ。


「とりあえず、また僕に転生しようとしてきた人がいたから、その人を剥がすのと」

「ゴシュジンの体をノットロウとするフラチなヤツ! 成敗シマスカ?」

「おい、なんだかすごく怖いのじゃが?」


急に殺気を向けてきたディガにじいさんがびびっている。


「いや、今回は結構友好的なじいさんなんで、プランAで頼みたいかな」

「ワカリマシタ」

「じいさん?」


ディガは残念そうにいうと、一つの寝椅子のところに行き、準備をしだす。僕はその前の機械と、カプセル型の格納容器の設定をはじめる。


「ちなみにじいさん、あなたのオリジナルの体に戻れるとしたら、戻りたいです?」

「そうじゃな、それが出来れば最高じゃが。転生させて貰ってきた者達もそれなりに魔力は発揮できたが、やはりオリジナルの体の能力は実現不可能じゃったから、効率がのう。まあそれはいうても仕方のないことじゃが」

「もう一つ、もし倫理を無視してオリジナルの体に戻れるとしたら、何歳に転生したいです?」

「うーん、6歳かのう。7歳で才能ルートが確定するが、わしなら一年あれば最高の体に仕上げて、才能ルートも最高のもので確定できるからのう。かといって、歩行の獲得やら視力の獲得やらは、拷問みたいなものじゃから、避けれるものなら避けたいからのう」

「なるほど分かりました」


僕は設定を6歳0ヶ月にすると、銀の卵を一つ、機械に入れた。


「ゴシュジンB、 分離抽出機の設定、 プランAで終リマシタ」

「ありがとう、こっちの設定も終ったよ」

「何をするのじゃ? もしかして、わしをオリジナルのわしに転生させようとしているのか? それはいかん! わしの人生が二重になってしまい、最悪転生したときから、わしもろとも削除されてしまう。そうすれば、オリジナルの時代の害悪はそのまま誰にも手がつけられず、地球が消えてしまうんじゃぞ!」


じいさんがあせり出す。


「そんなことはしませんから。ちょっと静かにしといてください」

「タマシイチンセイ剤準備シテオキマス?」

「いちおうお願いするわ」


そう言うと僕はディガの操作していた寝椅子に寝転んだ。ディガがシートベルトや装置を付けていってくれる。


「準備終リマシタ」

「お願い」


ディガがスイッチを押すと、機械が動作し、寝椅子が振動しだす。


「なっ、これは…」


じいさんの声が小さくなっていき、僕の中からじいさんの魂がいなくなる。かわりに格納容器の卵が光りだし、分化して、どんどんと小さな体を作り出していく。もう、大丈夫だな。僕は、自分についている機械やシートベルトを外しはじめた。ディガが近くに寄ってくる。


「ゴシュジン、マダ安静ニシテタ方ガイイ」

「実はまだやることがあって」


僕はもう一つの卵とAI構成チップを取り出した。


「ディガは弟、欲しくない?」

「オトウト!!」


ディガは目を輝かせた。



じいさんが目を覚ましたのは、数時間後だった。


「ううむ? いつになく気持ちのよい…目覚めじゃが。ん? これは?」

「まだあんまり動かそうとしない方がいいですよ。慣れてないんですから」


僕はカプセル越しに話しかけた。


「ん?? おぬしが、見える? 手が、小さい?」

「あなたの魂の記憶を元に、オリジナルの6歳の体を構築しました。ちゃんと成長する普通の体です。誰も害していませんから御安心を」

「な!?」


じいさんは自分の体を見回す。


「たしかに、これはわしの体じゃ。魔力の通り方で分かる。こんなに楽だったのじゃな」


じいさんは遠い目をしていたが、すぐに元に戻る。


「うむ、まだ先程の場所じゃし、自分の概念もしっかりしておる。オリジナルに転生したのでもなさそうじゃ。こんな神技が可能じゃとは。うっ、こ、これは。害悪の鎖がないぞ! わしに固定しておった害悪が消失しておる!! これはゆゆしきことじゃ!! 道理で心が軽いと思ったわ!」


じいさんがあばれようとしだす。だが、まだ麻酔状態なので、そこまで動けない。


「大丈夫です。あなたに掛かっていた害悪の封印はきちんと処理しました」

「なんじゃと!?? 13歳でもできるような数学に苦戦していたおぬしにそんなことができる訳が!」

「ゴシュジンB、バカニサレテマス、プクク」

「ばかに?しゃれる?」


いや、あんたらが大挙して押し寄せてくるから、勉強する暇がないんだけどねえ!! 僕は口をへの字に曲げながらも、答えた。


「できますよ。まず、あなたが封印していた害悪は、方向性の乏しい爆弾のようなもので、自我はなかった、そうですね」

「うむ。交渉すらできない、運命とでもいうべき圧倒的な力だからこそどうしようもなかったんじゃ」

「だから、人工的に自我を構成させました」

「なんじゃと!!?」

「そして、その自我に合い、その力をきちんと収められるような体に入れました」

「星を砂粒のようにして、その砂粒が入った砂場全体が即消えさるような圧倒的な力なんじゃぞ!! そんなものが入る体があるはずが!??」


「ぼく、すなば?」

「アナタハ私ノオトウトヨ。アッチニ行キマショ」


ディガが連れて歩いている小さな男の子を指差す。


「あの子です。僕の体の一部を模して構成しました。姿形は僕の5歳時ですね」

「な!?」


この後、じいさんを説得し、僕は勉強机に向かい、今日の数学を復習した。決してディガにバカにされたことが悔しかったわけではない!

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