大学が忙しいのに御呼びがかかりすぎる僕の日常

山瑞

第1話

大学の図書館で僕は勉強できない。喫茶店ではもっと無理だ。別に人が周りを通ったら気が散るとか、イヤフォンが嫌いとかそんな理由じゃない。

今日も自宅2階の自室で机に英語基礎Iのテキストを広げ、勉強している。部屋の中は明かりをつけていない。遮光カーテンを閉めていても、窓から必要な光は入ってくる。しかし、理由はそれだけじゃない。


インスタントコーヒーを飲みながら、4、5頁進んだろうか。今まで静かだった部屋で、変な重低音が聞こえ、揺れだした。ふと顔を上げると、今まで暗かった部屋に真っ白な光の柱が上がっている。僕は溜息をつくと、椅子から立ち上がり、常備してあるアザラシ型のフワフワスリッパをさっと履くと、何もないところに立った。光が点滅すると僕の部屋は一緒に点滅していき、やがて視界が真っ暗になった。



俯き目を閉じると、ゆっくり息を吸う。かすかな甘いお香の匂いがする。遠くの方ではパチパチと勢いよく何かが火花を飛ばして燃えている。両足にはフワフワスリッパ、その下にはたぶん魔方陣が描かれたうすぐらい石畳があった。


「ようこそ我らが勇者よ!」


両手を椅子から振り上げ叫ぶのは、冠を被った人相の良くない偉そうな、髭面のおじさん。小太りだが、赤い光沢のある服にキチンとパックされている。ああ、これ異世界転移だ。


「皆の者!これにて、勇者召喚の儀式は成功した!」


「「「「「さすがは我が国最高の王なるかな!!」」」」」


うえっ、いきなり叫びだした。王と王妃の両側についている、立派な甲冑をつけた人達とか、僕を遠巻きに取り囲んでいる魔術師っぽい人達とか、その周りにいる安っぽい鎧つけた人達とかが懸命に叫んでいる。


「さて、この勇者のギフトはなんだ?」


僕をとり囲んでいた金色帽子の男が一歩、僕の方に近づき、杖を上げた。真っ赤で赤ちゃんの頭くらいある黒い宝石が載った杖が光ると、僕の体が赤く発光し、金色帽子の目の前に文字が浮びあがった。


「炎魔法の天才、死ににくい体、燃費効率大です」


「素晴らしい!最高ではないか!」


「「「「「さすがは我が国最高の王なるかな!!」」」」」


また周りが叫んでいる。この石造りの城は密閉性がよすぎるからよけいにうるさい。


「それでは、勇者よ。にくき敵国のルビー王国をすべて滅ぼしてくるのだ!」


「「「「「我が国に栄光あれ!!!」」」」」


「いやです」


会場がざわめいた。甘ったるいお香の臭いが濃くなる。見回せば僕の周りにいる数人の魔術師の杖が光り、その手に持つランプからの煙が強くなっていた。

僕の答えを聞いて、立ち上がっていた王は、隣の甲冑と何か話していたが、またこちらを向いた。


「それでは、勇者よ「いやです」


さきほどよりも会場のざわめきが大きくなった。鎧の兵士達が武器を構えた。僕は声を張った。


「質問です。ルビー王国は、この国を現在侵略して、国民を根絶やしにしようとしていますか?」


国王はしばらく沈黙したのち、笑いだした。まわりの魔術師も兵もそれに追随して笑う。


「やつらにそんな勇気なぞない。しょせん田舎の小国にすぎん」


「ではなぜ、滅ぼすのです?」


「我が国に逆らったからに決まっておろう」


僕は大きな溜息をついた。帰りたい。


「この勇者召喚の儀式ってどの国でも毎日できるもんです?」


国王達はまた笑いだした。


「そんな訳があるまい。世界唯一の秘宝である黒色の杖、そして現代では再現不可能な王城の大魔方陣を用い、世界最高の魔術師達が一ヶ月魔力を捧げてようやく完成する、この国にのみ伝わる究極秘術なのだ。お前には、その手間に見合う責任がある」


ああよかった。僕は両手をにぎる。当然ここの魔法は初見だが、炎魔法は死ぬほど経験がある。すぐ手が温かくなったので、左手を金色帽子のおっさんに向け放出、黒色の杖を上向きにはじき飛ばすと、右手を放出、跡形もなく、燃やしつくす。


「そんなバカな!!究極炎魔法はおろか、ドラゴンの吹くテラフレイムですら、無傷だった黒色の杖が!!」


ついで、炎属性強化しておいた両足で魔方陣を踏み荒す。


「そんなバカな!!聖剣ですら傷つけられたことのない王城大魔方陣が!!」


「くっ、早くとりおさえろ!」


金色帽子のおっさんが騒いでいる間に、王様がどなる。魔術師の間から、鎧の兵士が飛び出てくるが、もう遅い。これでこれ以上被害者は出ないでしょ。


『其は世界の始まりを告げる炎、其は世界の終わりに消える炎。全世界は炎と共に有り、炎により識別され、炎により循環す。以炎全世界転移ばいばい


僕の体が空中に浮き上がり、足元が魔方陣として光り出す。


「ありえない!!転移は勇者召喚も含めて全て闇属性のはずなのに…」


「あ、それ…」

炎属性に変更するのちょっと面白かったよ、と金色帽子のおっさんに返事する前に、フワフワスリッパの足が慣れた木目のフロアを踏んでいた。まわりを見ても、見渡しても、とくに変りがない僕の部屋だ。時間は、勇者召喚はじまった時から10分後か。まあ許容範囲でしょ。


うーんと、背伸びをして、英語の勉強を再開するも、どうにも集中できない。やっぱ自宅だとなあ。喫茶店とかでやってみたいんだけどなあ。

でも駄目なのだ。喫茶店は勿論、大学の図書館も意外と混んでいる。そんなときに今日みたいに僕が光って消えたら。戻ってきたときの処理が面倒臭すぎる。


一階からどたどた足音が近づいてくる。僕は小さく溜息をついた。


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