Where was I ?

ʚ傷心なうɞ

Part1

「殺せ殺せ!1人残らず根絶やしにしろッ!!」

 かつて、この世界で大きな戦争があった。獣人族、鳥人族、人間、この世に数多存在する種族の垣根を越えてその戦火は広まっていき、世界全体を巻き込む大戦争となってしまった。最早何が発端だったのかすら忘れてしまうほどに、長い戦争だった。

 その末に、世界中の9割の生物が死滅した。

 人間などのような大きさの生物はほぼおらず、地中に紛れて難を逃れた小さな虫や、たまたま人目につかぬ位置に自生していた植物などが実質的な世界の支配者となった。

 ただ、それ以外の生物が完全に絶滅したかと言えば、そうではない。先程『ほぼ』という副詞を使った通り、極わずかながら生き延びた種族は存在するのだ。元より強大な戦力を保有していた魔族が良い例だった――しかしその王たる魔王は息絶え、今やそれぞれが生物としての自立を求められていた。

 そして、エルフというのもその内の1つだった。

「今日は……っ……随分と風の強い日だこと」

 とある山岳地帯を歩きながら、1人のエルフが呟いた。突然の強風にまぶたを閉じつつも歩みは止めぬその人の名は、〈ネルユ〉。生き残った種族と言えどやはり数が激減したのには変わりない、エルフの生き残りだった。エルフ特有の美麗な白髪を風に揺らしつつ、金色の眼で以て世界を見渡す。

 その先にあったのは、残酷なまでの現実だった。

 やや遠方の平地に確認できた、ひとつの集落。建造物は軒並み崩壊し、原型を維持している建物は1つも残っていなかった。最早どの種族の集落であったかも分からぬそれは、未だに各所から黒煙をあげているのだった。

 ネルユはその事実に胸を痛めながらも、この先にあるかもしれない目的地へと足を動かし続ける。数十分の長距離行軍、それは確実に、ネルユの足底とももにダメージを与えていた。エルフというのは基本的に靴を履かず、遠方まで歩くことも普段しない種族である故、ネルユの下半身は限界に近づいていた。

 そんな状態ながらも、ネルユはついぞ目的地へたどり着いた。

 何十分と歩こうと未だ山頂は遠いこの山の中腹あたり、山肌に沿うように、ひとつの集落が形成されていた。それもやはり崩壊しており、木造であったのであろう建物は黒焦げになっていた。

「ここは……どうだろうか」

 ネルユはそう言うと、先程から背に背負っていた鞄を地面に下ろした。その中から取り出したのは、1本の水晶のようなもの。クリスタル状に角の削られたそれは、中央に紋様が刻まれていた。どの角度から見ようと常に正面の絵が見え、明らかに天然のものではないことが伺えた。

 ネルユは、それを地面に突き刺した。

 柔らかい土壌だったからか、それは何の抵抗も無く突き刺さった。

 その後、水晶を中心とした円状に何本かの骨が地中より這い出た。それはいずれ両腕を伸ばし、地面を押し下げる形で地上へと姿を現した。やはりと言うべきか、それは人間の骨をそのまま抜いたみたいなやつだった。頭蓋骨から趾骨しこつまで完全に再現されたそれらは、スケルトンと呼ばれる魔族の一部だった。とは言っても彼ら単体で生きているということは無く、今のように道具を用いて召喚されるのが基本だった。そして、召喚されると種族関係なく素直に従ってしまうのが致命的だった。

「じゃあ、君らはあっちの方で木材集め。君らはそれを加工して。君らは……ひとまず残骸の解体だ。私が写真撮ってからな」

 スケルトンはネルユにそう指示を受けると、伝えられたグループ毎に作業を始めた。木材収集を命じられた者らは虚空より斧を取り出すと、指示通り木材の伐採にあたった。

 その後加工のグループに渡し、それらは柱や床材、板材などに変化していった。そのサイクルを何度か繰り返した後、残骸の解体を終えたグループが回収へ訪れた。言葉の代わりにカラカラと骨の音を鳴らし、コミュニケーションを取らずとも指示通り作業を進めていく。

「そうそう、それはそこで――ああ違う!その建材はこっち。うん、大丈夫。そんで……」

 現場監督ネルユは、健気に建築を進めるスケルトンらにそう指示を飛ばす。先程解体前に撮った写真を眺めつつ、それを的確に復元できるよう焼け落ちた部分を想像しながら作業すること、数時間。

 先程までは単なる残骸に過ぎなかったその土地に、それはそれは見事な家屋が建っていた。あの時の悲惨な雰囲気はまるで感じさせず、屋根から柱に至るまでが完璧な一級品だった。

「はい、それじゃ解体班は次行って〜……」

 しかしネルユはそれに感心することも無く、さっさと次の現場へ移ってしまった。

 そのまま、数十日が経過した。

 ネルユが家屋の中で眠っている間もスケルトンは指示通り作業を進め、実に急ピッチで復旧は進んだ。その結果、崩落していた集落は、見事に復興を果たしていた。

 そんな集落の中で、ネルユは1人その光景を眺めていた。水晶も鞄へしまい込み、スケルトンの影は既に無くなっていた。

「…………いや、違う。何も感じないや」

 ネルユは力無くそう呟いた。

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