双子グリフォン子育て日誌

きのこ星人

第1話 厳格なる異世界





目覚めたら何処までも透き通る青空に、見渡す限りの大草原だった。


見た事のない場所に右も左も分からない。

進んでも、進んでも同じ様な草原に舗装された道も案内掲示板らしき物もない。


それをやっとの思いで抜けたと思えば、次は鬱蒼とした森がお出ましだ。

昼夜構わず薄暗い森は常に、獰猛な動物が隙を伺っているのが手に取るように分かった。


他にも…切り立った山だの、手付かずの洞窟だの、深く広い海だの…。


俺の目覚めた世界は…そんな…ロールプレイングゲームでしか見たことない風景で満ち溢れていた。





ーー





結論から言うと、俺…宿女静香やどめしずかはこの世にはもういない…と思う。


学生時代から名前が女性っぽいのでイジメにあってその後、流れるようにネットに住む引きこもり。


成人してからは…!と思ったが、大した学歴もなく転職に失敗。無職になる。

その後、引きこもり時代のネットの力を借りて動画配信をやっていたが、これも死に物狂いで頑張ったが、大した収入になるはずもなく。


…そのまま眠るようにこの世界に来た。


多分、いや大方…いや、百パーセント、寝不足と栄養失調でそのまま死んだ。


発見された時はさぞ、不格好で倒れていた事だろう。

社会不適合者がPCの前で机に突っ伏し倒れている。


新聞の見出しにもならない。惨めな最期。

……もういい諦めよう。俺は…宿女静香は死んだ。いや、本当にその通りなんだけど。


せっかく、もう一度人生をやり直すチャンスを貰ったと思えばいい。

ここには引きこもりオタク、宿女静香はいない。ここにいるのは…



「闇夜に舞い落ちる……殺し屋……などではない……。


ただの……情報屋だあああああああああああ!!!」



宿女静香…もとい、シズカはそう閑古鳥鳴く古びた木造建築のボロ屋のカウンターで一人泣き叫んでいた。


この世界に来て早、十数年。

二十代だった青年はいつしか三十代半ばに差し掛かろうとしていた。


現世に帰りたいとは微塵も思っていないが、ここでの生活もまた苦労の連続だ。


この世界はまさに、ロールプレイングゲームで見た事のある剣と魔法、スキルなどが当たり前に存在し、国としては完全な階級制度の実力社会。


正に、弱い者は強い者に食われる…そんな弱肉強食の世界だ。


そんな不安な君に朗報!今なら、転生者には異世界移住キャンペーンとして、豪華お役立ちスキルプレゼント!

………とかあると、若かりし自分は思っていました。でも……!



「……そんな…ものは……ないっー!!!」



見た目こそ、現世から来た時とさほど変わらない、少し癖っ毛の黒髪に、赤茶色の三白眼。

高身長ではあるが、色白でヒョロヒョロした体格なので、傷んだもやしみたいな風貌だ。



「…せめて、ムキムキのイケメンに……いや!そうじゃなく、この世界で生き抜くスキル寄越せよ!普通っ!!」



バンッ!と悔しさからかカウンターを殴りつけてしまうが、自身の手がすごく痛くなって後悔した。


そう、シズカはこの魔物はびこる実力社会主義世界で全く、これぽっちも、戦闘スキルを持ち合わせていなかった。



「…はあ…唯一持っていたのが…このスキル…『リサーチ』だけか…。」



スキル『リサーチ』…特定の物質、痕跡、生物を手をかざすだけで調べる事ができるスキルである。


魔物がいれば、どのような名前のどのような行動をするか調べられるし、足跡やフンがあればそれは何時間前の何処に行こうとしているかも読み取れる。


まあ、これのおかげでこの右も左も分からない世界で生き残れた訳だし、この情報屋と言う仕事にも就くことが出来たわけだが…。



「でも…この世界でも……底辺に位置するとは思わなかったなぁ…。」



この国…エンシェント王国では古代から厳格な階級分けがされていた。

まず、一般的とも言われる『ワーキング』階級。平たく言えば労働者だ。

職のある者、または冒険者ギルド所属した者はこの階級を通る。


次に上なのが『ノーブル』階級。お貴族様や中堅冒険者で、国の為に働いている者がこれに当てはまる。


更に上ほぼほぼ見た事ないが『ハイクラス』階級もあるらしい。

大地主や国のお抱え貴族。

Sランク冒険者であり、国に認められた一部のものにしか与えられないエリート階級だ



「(まあ、俺は無職じゃないから一応、ワーキング階級。

前世だったらヤバかった…人権もぎ取られていた…。)」



そう。この三階級が一般的だが、もう一つ下の階級が存在する。

それが…『アウトサイダー』と呼ばれる国や世界に疎外された者に与えられる差別階級だ。


無職、罪人、流浪人がこれに当てはまる。

認定されれば最後。人としての人権や資産を失い、町にいることすら許されない。


石を投げられ、罵詈雑言言われ、仕事にありつけても、奴隷のように扱われてしまい差別が酷かった。


誰も彼もがこの階級にならないように死に物狂いで努力する。

働けない者、実力のない者は犯罪者と同じ扱い…。

前世では考えられない制度だがこの世界ではこれが普通らしい。



「まさに、弱肉強食…。

こんなの魔物と一緒じゃないか。あー怖い怖い。」



俺は戦えもしないし、魔術も使えない。このまましがない情報屋として目立つことなく、細々と暮らしていければいい。


シズカは改めて閑古鳥なく店内を見回した。

そう。これでいいのだ。

確かにこの世界は前世に比べたら、元引きこもりオタクには厳しいものだ。


だが、ギリギリで無職ではない。最底辺のアウトサイダーは回避された。

贅沢は言わない。このまま静かに気楽に余生を過ごせればそれで……



「おい!シズカっ!いるかのぉ?」



ようやく平坦な現状を受け入れる覚悟が決まったと思ったら、厄介な人物の声が聞こえた。


辟易としているシズカは返事もせずにため息を吐いていると、その声の主はコツコツと杖を鳴らしながら勝手に入ってくる。



「なんじゃい、るじゃないか。

返事ぐらいせい。師匠がわざわざ様子見に来てやってるんじゃぞ。」



目の前に杖をついた、腰が曲がった薄い白髪の老人が現れる。

目が開いているのか分からない程の細い瞳だが、その鋭い眼光がシズカを見やる。


老人と言う割にはそこら辺の若者なんかよりもすごく元気で、今もカウンターのシズカの元まで、本当に杖をついているのか?というスピードでやって来る。



「全く…どうやって来たのですか?

危ない橋を渡らないで下さいよ。…ユモア師匠。」



白髪の老人…ユモアはなんだか呆れた表情の弟子を見て、悪戯が成功した子供のようにニヒヒ。と笑った。



「この程度のことなど訳ないわい。

今までどれだけの修羅場をくぐり抜けたと思っとる。今更、街の中侵入なぞ朝飯前じゃぞ。」



快活にケタケタと目元にシワを作りながら笑うユモア。


この快活で子供のような茶目っ気のある老人、ユモアはシズカが最初に出会った第一村人ならぬ…第一異世界人である。


まあ、あっちから見ればこちらも異世界人だが。

右も左も何も分からないシズカに、この世界の常識と知識。戦い方まで教えてくれた、人生の師匠である。



「ま。元、冒険者ギルドSランクの人ですからね。その道じゃ伝説なんでしょ?

不動のユモア…。噂では全盛期は素手で大山砕いたり、大地を割ったって話も聞きますけど。」



呆れたようにシズカは言う。いくら噂とは言え、尾ビレが付きすぎだ。

出会った頃から老人で、ユモアの全盛期など見たことないが、それでも人が大地を素手で割るなどあり得ない。


異世界とは言え、そこまで浮世離れしてないだろう。と思っているが、ユモアは豪快にガハハハ!と笑っていた。



「いつの話じゃ。今はそんな力残っとらん。

せいぜいこの杖一突きで大岩割るくらいじゃ。」



………忘れてた。規格外ジジィなのだ。この師匠は。

何処の世界に杖一本で大岩割る老人がいるのだろうか。 


とは言え、シズカは自分の事も言えなかった。

何しろ、こんな優遇された最強の師匠を持ちながら、戦いのセンスは皆無なのだから。



「皆はわしの事を今でも強者と思っとるようじゃが、もうただの老いぼれじゃよ。


昔の栄光など、国を裏切りアウトサイダーになった男にとっては何もないようなもんじゃ。」



…そう。誰もが絶対になりなくない最底辺階級。アウトサイダーは目の前にいたのだ。


ユモアは最強の冒険者と名高かったのだが、国のお抱えになる事を蹴った為、一気にアウトサイダーに降ろされて、今や町に住むことも、顔を見せる事も出来なくなっていた。



「ま!アウトサイダーになって良かった事もあるしの!

こんな面白い弟子も出来るし、何より自由じゃ!


見てみろシズカ!今日も町の皆を助ける為、魔獣退治をしてきたんじゃぞ!」



と言ってユモアは小学生が下校中に見つけた、自称お宝を見せるような無邪気な笑顔で背負いカバンから魔物の素材を次々出してくる。



「これがブラックパンサーのツメ。これはハイピクシーの結晶。これはキマイラの毛皮に……」



出るわ出るわ、最上級と謳われる魔物達の戦利品が……。

何処で何をしてきたのかは知らないが、この規格外ジジィはどうやらまだまだ現役なようだ。


自慢をあからた済ませたユモアは「あ。そうじゃった。」と今更、年寄りの物忘れぶった態度を取りながら一枚の紙を出した。



「お前の能力を見込んで頼みたい事がある。ある一行の行方をを調べて欲しいんじゃ。

その一行はどうやら国のお抱えと言う噂じゃ。動向を記録してもらいたい。」



どうやら仕事でも用事があったらしい。

自慢話だけでなく安心したシズカだが、しかしある一点が気になった。



「………え……師匠……金は?」



「……アウトサイダーであるわしが金なんて、俗世なもの持っとるわけないじゃろ。

弟子なら師匠に気を利かせるもんじゃろ…。」



少しバツ悪そうな顔しながら目を逸らしてブツブツ言うユモア。


期待は別にしていなかったシズカだが、しかし…真偽は定かでないが、国のお抱えの謎の一行を調べろとは…割と危険な香りがする。


流石にいつもの師弟関係だからと言って無銭依頼では割に合わない。

そもそも今、絶賛閑古鳥が鳴いている情報屋なのだ。少しでもいいから報酬が欲しい。



「し、師匠…この状況見て分からない?

俺、今マジでヤバいんだけど?流石に無報酬はちょっと…」



やんわりと断らろうとしたが、ユモアが杖をシズカの眼前に突き出して無理矢理黙らせる。



「まあ、待て!皆まで言うな。

これを代わりに持ってきた。」



そう言ってカバンから、バカでかい一つのタマゴを出してきた。


ただのタマゴのはずなのに、その威圧感と存在感と魔力が渦巻いているかのようなオーラに、シズカは思わず後退りしてしまう。



「な、なに……コレ…?」



小刻みに律動を繰り返すタマゴにビビってシズカはつい、手をかざしてしまう。


するとスキルによる鑑定結果が出た。このタマゴの正体は……



「………神獣『グリフォン』のタマゴ………?」



そのシズカの呆けた呟きに、ユモアはニタリと笑った。



「シズカ!このグリフォンのタマゴを育ててみないか?」



シズカの鼓動とタマゴの鼓動が共鳴するようにドクンドクンと互いに響き合っていた…。





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