帰郷

「短い間でしたが、お世話になりましたであります」

 出所の日。

 獄中で世話をしてくれた刑務官たちに敬礼して挨拶する。

 あいにく同期のアイリーン達は別の任務で遠洋に出ていたため帰郷前のあいさつをすることは出来なかった。

 軍刀や拳銃等は実家に送られており、生活用具の納められたカバンを片手に軍事刑務所を後にする。

 徽章の外された軍服をまとい、士官学校を次席で卒業した証である銀月章を胸にきらめかせる。

 入所時に整えられた紺色の短髪を海風に晒しながら、刑務所から15分くらい歩いた場所にあるバス停に座りザザーと響く波の音に耳を傾かせる。

 彼方には海を荒らすモンスターを討伐するために任地へと向かう艦隊の姿。

 200メートル級の主力戦艦であるバルバジアを先頭に、第一撃龍艦隊と呼ばれる艦隊はそびえる煙突から黒煙を天高く伸ばして荒波の海を堂々と進む。

「はぁ」

 小さなため息。

 銃殺刑を免れたとは言え、海軍としてのキャリアが完全に途絶えた今、先は暗い。

 再就職しようにも、暴力事件を起こして収監された以上はまともな会社に勤めることは難しく、鉱山労働等のとにかく人手が欲しいような厳しい労働環境の仕事くらいしか望みがない。

 一応、刑務作業で缶詰を段ボールを詰めたり、積み上げたりする仕事を朝から晩までしてはいたが…

「これからどうしようかな…」

 父親の顔に泥を塗った以上は、家に帰りづらい。

 しかし他に行くあてがないのも事実であり、鉛を括り付けたように重い足を動かして故郷行きのバスに乗り込む。

「あ、海兵さん」

 椅子に座るや、隣の老婆が話しかけてくる。

「いつも海を守ってくれてありがとうね。あなた達がモンスターを追い払ってくれるおかげでうちの亭主たちも安心して漁に出かけられるのよ」

「そうでありますか」

「うちの孫なんて「大きくなったら立派な海兵さんになってみんなの海を守るんだって」言ってたのよ。これからも海を守ってね、海兵さん」

「...任せてくださいであります」

 柔らかい笑顔でそう言ってくる彼女に対して、除隊の事実を告げられないまま、誤魔化す。

 嘘をついた罪悪感を抱えたままバスに乗って30分ほど走っていると、景観は沿岸から内陸へと変わり、見知った街並みが見えてくる。

 工業都市オルカ。

 自身の属するランデル国の北部に位置する都市であり、主に軍需品の製造を担っている。

「こんな形で戻ってくるとは…」

 父のように、艦を率いる将校となって故郷に錦を飾るはずが父親のメンツをつぶし、海軍にも大迷惑をかけた。

 運賃を支払い、重い足で地に降りる。

 石畳の敷かれたメインストリート。

 昔なじみの店を横目に、乾いた風に背中を押されながら実家へと足を進める。

 10分ほど歩いて見えてきたのは小さな屋敷。

 黒い鉄門をギィィと開き、美しい大理石の石畳の上を歩く。

 赤色の玄関扉。

 家族総出で見送ってくれた出立の日の光景を一瞬だけ思い出しながらも、静かに門扉を開く。

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