第18話 向いてないからって、他人にやめろなんて言われたくない

 商人の女の子の案内で、彼女の露店に来てみると……。


「あれ? アドバンスポーション、返品できなかったの?」


 女の子はがくりとうなだれた。


「はいッス……。受け取りのサインしちゃったから、もう引き取れないって……。契約書にも、よく見たら小っさく『もし卸した商品に間違いがあっても、受領サイン後の返品は受け付けない』みたいなことが書いてあったッス……」


「ああ、それは確実に騙されたね……」


「そうッスよねぇ……。しかも全然売れないッスしぃ」


 一緒にやってきたクレアは、在庫のアドバンスポーションを覗いて、難しそうな顔をしていた。


「少し買ってあげたいけど……アドバンスポーションって、一時的な能力増強効果の代わりに、そのあと、すごく能力が落ちるものだよね? たまに中毒で倒れる人もいる……」


「そうッス……。お買い上げいただけるッスか……?」


「ごめんなさい」


「ですよね~……。」


「あ、でも、あっちの箱の中身は違う品物? なにが入ってるの?」


「それはさっき仕入れ直したばっかりのパワーポーションッス! 業者も変えたし、契約書もしっかりチェックしましたし、なんなら商品の効果もしっかりアタシも確認したので間違いないっス!」


 自信満々に言い切るが、すぐ苦笑しつつおれのほうを見てくる。


「でもこれ買うのに結構借金しちゃいまして~。前に助けてもらった感じから、かなりの目利きで商売にも通じてるとお見受けしまして、ぜひ、いい感じに売って儲けられる方法をご教示ただければと! ついでに不良在庫も一気に売れる手があったら嬉しいッス」


「いやちょっと待って、これもパワーポーションじゃないよ?」


「ほえ?」


 女の子は目を丸くして、箱の中身を覗き込む。


「え、でもアタシ、これ飲んだらちゃんとパワーアップしたッスよ? その後のパワーダウンもなかったッスし、業者さんは中毒は絶対でないって太鼓判押してくれましたし」


「効果は少し似てるけどね。これはマッスルポーション。パワーポーションは肉体全般を強化してくれるけど、これは筋力だけしか増強してくれないんだ」


「そうだったんスね……。でもアドバンスポーションみたいに欠陥があるわけじゃないッスし、売れるッスよね?」


「いや欠陥はあるよ。これ、本当に筋力しか増強されないんだ」


「……? それ欠陥なんスか?」


「つまり骨や腱は強化されないってこと。これを飲んで、うっかり力加減を間違えると骨が砕けたり、腱が切れたりして大変なことになる」


 すると女の子は、みるみる顔を青ざめた。


「あ、アタシ、また仕入れミスって……? ハッ、契約書っ!」


 契約書を確認するが、すぐに、がくんと膝をついてしまった。


「……筋力を増強するポーションって書いてあるッス。パワーポーションなんて、どこにも書かれてなかったッス……」


 彼女はいいカモになると、悪徳業者間で情報共有されたのかもしれない。


 しかし欠陥があるとはいえ、なかなか流通されない珍しいポーションをこれだけ仕入れるのはある意味では才能かもしれない。役に立つとは言えないけど。


「うぇえ~! 助けてくださいッス~! せっかくみんなのお金集めて商売始めたのに、一瞬で借金地獄なんて嫌ッスよぉ! ただの労働者には戻りたくないッスよぉ~! お願いします、お願いしますぅ~!」


 涙目で足元にすがりつかれて、大変困ってしまう。力めっちゃ強いし、足の骨がミシミシ言ってる。めっちゃ痛い。このままだと折られそう……。


「うぅ~ん、おれ商人じゃないしなぁ……」


 おれは渋るが、クレアにはじっと見つめられる。


「本当に困ってるみたいだし、助けてあげられるなら助けて欲しいな。わたしにもできることがあれば手伝うから」


「わあ、彼女さんありがとうございますッス!」


「わ、べ、べつにわたしたち、そういう関係じゃないけど……くくくっ」


「え、なんスかその笑い方」


 満更でもなく照れ笑いするクレアに、ツッコミを入れる女の子である。


「それより、申し遅れていたッス。アタシ、レベッカ・ゴールドラッシュという駆け出しの商人ッス。よろしくッス!」


「ああ、この子はクレア・セイント。おれはエリオット・フリーマン。だけど手伝うかは――」


 そこに別の声が割って入ってきた。


「――なにがゴールドラッシュだ。お前の名はレベッカ・ストーンだろうが」


 それは壮年の商人だった。小太りで身なりの良い、なかなか羽振りの良さそうな男だ。


「だ、旦那さん……なんでこんなところに……。って、いや、もう雇われてないんで、旦那さんじゃないッスね。クライスさん、なにかご用ッスか?」


 どうやらレベッカの元雇用主らしい。クライスと呼ばれた商人は、ふんっ、と鼻を鳴らした。


「たまたま通りがかったら、見覚えのある顔があったのでな。少し様子を見ていたが……まったく! お前は商人にはまったく向いていないな! さっさとやめて、労働者に戻ったらどうだ。今ならまだ雇い直してやらなくもないぞ」


「嫌ッス! アタシ、お金持ちになって家族に楽をさせてあげたいんス! お父さんもお母さんも、いつも疲れ果てるまで働いて、なのに全然お金持ちになれなくって! 楽して稼いでるクライスさんに、この気持ちは分かんないッスよ!」


「楽か……まあそうかもしれんな。だがな、それも素質があればこそよ! 金持ちになりたいとお前は言うが、具体的にどうする? 商品の目利きは下手、契約書はろくに読まずに騙され、抱えた不良在庫を処分する策もない。景気の良い名字を名乗ったところでなんの効果もないではないか」


「それは……まだ始めたばかりで、経験がないから……」


「挙句の果てに、ろくに知らない相手に商売の舵取りを任せようとは、呆れるにもほどがある! これまでの雇われ労働者となにが違うというのだ?」


「あ、う……それは、そのぉ……」


「まあ、不良在庫を別の商品だと偽って売ろうとしなかったことは褒めてやる。思いつかなかっただけかもしれんがな」


「そんなの、思いついてもやらないッスよ!」


「そうだろうとも。お前の取り柄は、そのバカ正直さと、やたら元気で強い体なのだ。それに向いた仕事をしろ。そのほうが幸せだ。商人には向いておらん、この先苦労しかせんぞ」


「それでも……それでも、アタシは商人をやりたいんス! 向いてないからって、他人にやめろなんて言われたくないッス!」


 レベッカの訴えに、クライスは顔をしかめた。しかし逆におれは、にやりと笑ってしまった。


 同じだ。レベッカは、おれやクレアと同じ。目指すもののために、あえて困難に挑もうという者なのだ。


 だったら、このまま見て見ぬふりはできない。


「ちょっといい? 身体能力に自信があるなら、それを活かせる商人のスタイルもあるんだけど」


「えっ、マジッスか!?」


 レベッカは目を輝かせて食いついてきた。




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次回、エリオットが語るレベッカに向いている商人のスタイルとは?

『第19話 冒険商人』は、本日15:03に公開予定です!


ご期待いただけておりましたら、ぜひ★★★評価と作品フォローいただけますようお願いいたします!

また、本作は第7回ドラゴンノベルス小説コンテストに参加中です。ぜひ応援をよろしくお願いいたします!

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