第4話 痛いの最っ高~!
「あらあんた、そんなところでなにしてんの?」
ほぼ陽の沈んだ頃、急に話しかけられた。街角で座り込み、休憩しつつスライムにやられた腕の手当てをしていたところだった。
「見ての通りです。魔物にやられちゃって」
見上げてみたところ、普通のおばさんだった。買い物帰りなのか、食料を袋いっぱいに抱えている。
「なんで宿でやらないの。もう夜になるのよ。最近じゃこの街でも人さらいが出るっていうのに、あんたみたいなかわいい男の子が、こんなところでひとりでいたら大変じゃない!」
「宿はまだ取ってないんです。もう少し休んだら探しに行こうと」
「だったらうちにいらっしゃいなさいな。すぐそこで小さいけど宿をやってるのよ。ほら」
と、強引に引っ張られ、おれはされるがままに宿に連れ込まれてしまった。大きめな民家をちょっと改装しただけの宿だった。安っぽくて、個室も狭い。
だが宿を探す手間が省けたのはありがたいし、なにより、おばさんの作る夕食はとても美味かった。おまけに宿代も安い。おれの少ない持ち金でも数日は泊まれる。
こういった個人経営の宿は、安い分、ハズレが多いのだが、これは大当たりだ。
小さな食堂で、おばさんや他の宿泊客と並んで食事する様子は、宿に泊まっているというより民家に居候しているような気持ちになる。
ちなみに他の宿泊客は、女の子がひとりだけ。メガネをかけた穏やかそうな顔。肩にかかるミディアムストレートヘアの黒髪。シンプルなシャツにパンツルックの、ラフな格好だ。
少々人見知りらしく、名前がクレアだというくらいしか話ができなかった。しかしなかなかの美少女だ。そんな子と同じ宿なのはちょっと嬉しい。
食事のあとは、自室のベッドに腰掛けて、今後の計画を練る。
当面の目標はスライム撃破だが、一朝一夕で成し遂げられるとは思えない。となれば、仕事をして生活費を稼ぐ必要がある。
仕事とくれば、冒険者ギルドだ。
周辺から発せられた依頼を統括し、登録した冒険者に受注させる。依頼報酬はギルドに預けられ、依頼を果たした冒険者に仲介料を引かれた額が支払われる。依頼は、安く簡単な仕事から、高額で危険な仕事まで様々だ。今のおれに合った仕事もあるだろう。
本当は今日のうちに冒険者登録を済ませておきたかったが、今日はもう疲労困憊だ。明日の朝早くにでも行くことにしよう。
そのままおれは、パタリとベッドに寝転がった。そして、あっという間に夢の中だった。
◇
そして翌日。人生は予定通りいかないものだと思い知った。
「うぐっ、いたたた、いいぃい!?」
おれは全身が激しい痛みに襲われて、ベッドから身動きできなくなっていたのだ。
安静にしていると問題ないのだが、少しでも動かそうとすると激痛が走る。
なんなんだこれは!? なにかの呪いか!? それとも昨日のスライムが実はなにか特殊な攻撃を仕掛けてきていたのか?
「うぐ、ぐぐっ」
これは、まずいのでは……!? 放置して悪化したら、もしかしたら死の危険も……!?
そうだ、教会だ!
今まで利用したことはないが、呪いや病なら教会で診てもらえば正体が判明すると聞いている。まだ動けそうなうちに、教会へ行けば助かる見込みがある!
無理やりに体を起こそうとするが、腹筋や背筋、太ももの激痛で、またベッドに倒れてしまう。
ダメだ。ひとりじゃ身動きできない。助けを呼ばないと……。
そのとき、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「えっと……エリオットくん? 起きてる?」
この控えめな声は……。
「クレア?」
「うん、隣の部屋のクレアだよ。ずいぶんお寝坊だから、おばさんが心配してて……」
「ああ……助かったよ。おれ、病気か……もしかしたらなにか呪いを受けたのかも」
扉の外で驚いたような足音がした。
「呪い!? だ、大丈夫!?」
「全身が動かせないんだ。動かそうとするとひどい激痛がして、ベッドから起きることもできない」
「そんな……」
「ただ寝てるだけなら痛くないんだけど、少しでも動かそうとしたり、なにかに触れたりするとやっぱり痛くて……」
「ん? それって……。ごめん、ちょっと入る、ね」
「ダメだ、病気だったら
「いやたぶん病気じゃないから」
と、クレアは部屋に入ってきた。優しくおれの体に触れて、症状を診てくれる。そして、あっという間に結論。
「これ、ただの筋肉痛」
「……きん、にく、つう!? これが、噂のッ!?」
「エリオットくん、昨日、激しい運動とかした?」
「……した」
重い荷物を背負って街中を歩き、スライムと世紀の死闘を繰り広げた。
「じゃあ、それが原因。休んでればすぐ治るよ。ごはんは、持ってきてあげるね」
「あ、うん、ありがとう……」
そうしてクレアは部屋を出ていった。
……これが筋肉痛。初めての経験だ……。
昔、道場で筋肉痛で体を動かすのがつらいと言っている者は何人も見かけたが、これほどにつらい症状だったとは知らなかった。むしろこの症状の中、訓練し続けたあの者たちはなんて凄まじい精神力を持っていたのだろう。今更ながら尊敬してしまう。
戦いの中だけでなく、日常や訓練の中にも、痛みはあるということか……。
筋肉痛は、激しい運動で断裂した筋肉の痛みだと聞く。それが治癒される際、より強い筋肉として再生されるのだという。
ということは、つまり!
この痛みは、成長の痛み! より強くなるための通過儀礼!
そう考えるとなんだかワクワクしてきた。痛ければ痛いほど、それを乗り越えたおれの体は強くなる! 痛みは歓迎すべきものなんだ!
おれはあえて体を動かして、痛みを確かめる。
「いててっ。ふ、ふふふっ、でもいいぞ。痛い、これがいい。痛いのは、嬉しいぞ……! くひひひっ、痛い痛い……あはははっ、痛いの最っ高~!」
「……えぇ」
食事を持って戻ってきたクレアだったが、笑うおれにドン引きしていた。
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※
次回、数日後、仕事を求めて冒険者ギルドへ赴いたエリオットですが、測定された能力値のあまり低さに、バカにされたり因縁をつけられたりするのですが……。
『第5話 ぶっちぎりで最弱』
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