5

今日も、あの階段を降りている。


いつものように、ただ静かに、淡く光る暗がりの中を一段ずつ降りていく──

だが、今回は違った。


気がつくと、足が最後の一段を踏みしめていた。音が反響しない。

下りの先は、もうなかった。


階段は、終わっていた。


私は、夢の底についに辿り着いてしまったのだ。


目の前には、見知らぬ「外」が広がっていた。


空は暗く、色を失った藍のように濁っていた。

地面だけが仄かに照らされ、どこからも音はしない。


足元には細い石畳の道が続き、その先に低く潰れたような建物が並んでいた。

すべてが異様に平べったい。見たところ一階建てばかりで、屋根は不自然な角度で曲がり、金属とも石ともつかない素材でできていた。


窓はない。代わりに、壁の表面に黒い孔のような文様が蠢いている。


看板のようなものもあったが、記号とも模様ともつかない、理解不能な文字が浮かんでいた。


どの建物にも共通する色調があり、冷たくざらついた灰白の肌をしていた。

街全体が、何かしらの規則性に従っているようでいて、しかし“人間の町”とは明らかに違っていた。


歩き始めると、道がどこまでも複雑に絡み合っていることに気づく。

角を曲がるたびに景色が歪む。最初に見た建物が、何度も角度を変えて現れるように思えた。


進むたびに、町に取り込まれていくような奇妙な焦燥感があった。


──帰れるのか?


その問いは、すぐに心の奥へ沈んだ。

わかっていたのだ。もう、戻れない。


いくら探しても、あの階段は、もうどこにもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る