しがない電気屋のおっさん、異世界で家電召喚ライフしてたら民から神格化され魔王から狙われる

長月 鳥

第1話 転生編①

 「さすが電気屋さんだぁね、またあの人の歌が聞けるなんて、天にも昇る気持ちだよ」


 そう言ってばあちゃんは、ちゃぶ台の上のラジカセを両手で抱きしめた。


 「おばあちゃん、こんなんで天に昇っちゃダメだよ」


 せっかく年代物のラジオカセットを修理したのに、おっちんじまったら寝つきが悪くてしかたがねぇや。


 でも、こうやって感謝されると嬉しいね、やっぱり。


 「おばあちゃん、全然手間かかってないからさ、修理代はいらないよ」


 「そうなのかい? 嬉しいねぇ。やっぱり電気屋さんは、わたしらの“ヒーロー”だよぉ」


 おばあちゃんは名残惜しそうに俺の手を握り、饅頭を一つ手の中に押し込んだ。


 ──ヒーローか……。


 俺の名前は轟 電次郎(とどろき でんじろう)。

  五十路が見えてきた三代目の町の電気屋だ。

 でっぷりした腹に、ゴツい顔と無精ヒゲ、つなぎ姿が標準装備。

 親が“ビリビリッと衝撃的な人生を送ってほしい”とかいう、半分冗談みたいな理由で付けた名前らしい。たぶん電気屋の息子だからだと思う。


 両親は俺が三十のころに立て続けに病気で亡くなって、今は独り身。

 結婚だって、別にチャンスがなかったわけじゃねえんだ。若いころはわりとイケメンって言われたし、子どもにも年寄りにも優しくて、仕事もちゃんとしてた。

 けどなぁ……よく言えば誠実、悪く言えば“都合のいい人止まり”ってやつだな。

 「いい人だよね」で終わる恋ばっかだったんだよ。気づいたら、あっという間に独り暮らしが染みついてた。


 ……まぁ、いまさら誰かと暮らす甲斐性もねぇけどな。


 今の俺に残ったのは、古びた工具と、埃をかぶった思い出だけ。よく使い込まれたドライバーやハンダごてが、まるで何も言わず寄り添ってくれる相棒みたいでさ。変な話だけど、いまやこいつらが唯一の伴侶ってわけだ。


 昔は、こいつらと一緒に、みんなに感謝されたよなぁ……。


 うちのテレビが映らないっつっては、じいちゃんばあちゃんが飛んできて、「電ちゃん、これじゃ相撲が見れん!」って大騒ぎ。俺がチャチャッとコンセント挿し直しただけで「さっすがプロは違うわ〜!」って拝まれたもんだ。


 ……いや、それただのコンセント抜けかけだったけどな。


 ガキどもにもモテモテだったよなぁ。ファミコンが壊れたーつって泣きながら持ってきた小学生の兄ちゃん。ちゃちゃっとハンダ付けして直したら「おじさん、神かよ!」って目ぇ輝かせてな。


 「ドライヤーから変な音がする」つって、ぼさぼさの髪で来店した女子高生に「この型番は、ここのモーター部のネジが緩みやすくてね。ここをこうやって補強しておけば」とか言って親切丁寧に教えてやったら「うわっ、プロっぽい」っつって喜んでくれたよ。いや、そりゃプロだからね、俺は……。


 そうさ、プロの電気屋だったんだ。


 ──それが今はどうだ?


 大型家電量販店がどの町にも進出。

 ネット通販の台頭。

 出張修理は不審者扱い。

 おまけに、この物価高。


 俺だって、この時代の波に飲み込まれないように、色々やったさ。


 最新機材を揃えて、動画配信始めて、商品紹介もした。でも再生数は毎回一桁、コメントは“必死なおっさんキモイ”だけ。


 安売りセールしたけど、ネットで調べられてお得な物だけ転売されて、不良在庫は増えるだけ。


 あれよあれよと大赤字の借金地獄。


 ……おばあちゃんに、手間賃貰うべきだったかなぁ。


 ドンドンドン。


 おばあちゃんから貰った饅頭をつまみに、安くて度数の強いチューハイを飲み明かそうとしてた矢先。店のガラスドアを叩く音が響いた。


 ああ、いつものあいつらだ。


 「轟ぃ居るんだろぉ、早く金返せよぉ、オイ聞いてんのかぁ? みなさぁーん、ここの電気屋さん、人から金借りて返してくれませーん。“電気のことならなんでもお任せ、困ったらいつでも出張します”なんて書いてありますけどぉ、嘘っぱちですからねー、おーいクソ電気屋さーん、僕のお金返してくださーい、大変こまってーまーす」


 最悪だ。今の時代にこんな取り立てありえるか? 訴えたら勝てるぞ……。


 ──そんなことを考えてる時点で、もう終わってるのかもしれないけどな。


 でも無理だ。そんな元気、今の俺には残っていない……。


 ああ、いっそのこと死んでしまおうか。

 その方が楽になれるんじゃ……。


 ドンドンドン。


 「また明日来るからなぁ、ちゃんと金用意しとけよぉ」


 もう、俺には明るい明日なんてないんだ。

 もう、誰も頼ってくれない。

 俺はもう、町のヒーローじゃない……。


 質の悪いアルコールが涙腺を緩くする。


 そんな涙で霞む俺の目に、古い電子レンジに張られたメモ書きが映った。


 「電気屋さんへ、レンジが“チン”って言わなくなっちゃったのでお願いします」


 近所の花屋のおねーちゃんから頼まれてたんだっけか……。


 “チン”って言わなくなったってなんだよ、なんかの隠語か?


 「ぷっ、ふははははは」


 思わず笑っちまった。


 バカな依頼しやがって。あのねーちゃん、顔は可愛いのに、どっか抜けてんだよな。


 ……まったくよぉ。


 しゃーねーなー、いっちょ直してやっか。


 そうだ、まだ俺は頑張れる。

 借金がなんだ。

 ネット通販がなんだ。

 大型量販店だって淘汰されている。


 俺は、家電のことなら誰にも負けない。

 死んだ気になりゃなんだってできるさ。


 「えーと、チンって言わねぇってことは、ここかな」


 飲んだくれて修理を始めたのが運の尽きだった。


 ──バチンッ!!


 壮大に感電した。

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