You're my hero.
ʚ傷心なうɞ
Part1
とある小学校。田舎と言うにはやや建物と人が多く思え、都会と言うにはやや田畑が多い気がする。そういう、微妙な発展具合のよくある地域の小学校だ。
太陽は南中を過ぎ、昼休みを告げるチャイムが鳴った。
同時に、少年の地獄が始まった。
「うあっ……!」
席から立ち上がり、歩き出した瞬間。横からつま先が滑り出た。
バランスを保てなくなった身体が前に倒れ、額から胴体にかけて衝撃と痛みが伝わる。その際の傷がジリジリと後引く苦しさを主張してきたものの、少年は無視して教室を抜けた。
2、3分後。少年は図書室に入った。入って右側に図書委員らしき少年少女がいたものの、カウンターの奥で談笑に興じていた。少年はそれを無視して、本棚が並ぶエリアに入り込んだ。
ここが、唯一安心出来る場所だった。
教室からは一番遠く、エネルギーの有り余る小学生はまず寄らない場所だ――
「ぇっ……」
ほぼ呼吸みたいな、声にならない声が出た。
大量の本が、頭に降りかかった。
中には重たげな辞典の様なものもあり、腕と顔の一部に、尖った角によって出来たであろう生傷が生まれた。今回のは、さっきとまた違うタイプの痛みだった。
「あー、ごめんごめん。ちょっとつまずいちまった」
嘘だ。目の前でケラケラと笑う大柄な少年を見て、彼はそう思った。
「ねえ、なんの音?図書室では静かにしてよね?」
さっきの図書委員の少女だった。お前が言えた口かとも言いたくなったが、辞めといた。
「ああ、こいつが本落としたんだ。ほんと迷惑な野郎だよな」
「ぷっ…くくっ……。だね。ちゃんと片付けといてよ?」
大柄な少年と黒い長髪の少女は、座り込む少年を嘲笑いながら立ち去った。辺りに散乱する本を眺め、少年は一度息を吐いた。
今日はこれで済んでよかった。
そんなイカれた安堵を抱えつつ、本を一つ一つ戻していく。
昼休みの終わり、即ち5時間目への準備を命じるチャイムが鳴った。ちょうど、そのタイミングで片付けが終わった。急がないと。授業に遅れてしまう。
「………はぁ……」
その少年――
玲也は、現在12歳。普通の小学生だったら、6年生。だが、彼の中で学校に関する記憶は、3年生の冬で止まっていた。
彼は学校を、あの社会を拒否した。逃げたのだ。
「……転校生とか、来たのかな」
春の柔らかな日差しが差し込む窓の外を眺め、玲也はそうぼやいた。皆が過ごす普通の生活を妄想して、それで、自分も普通に戻った気になれた。
でも、いつまでもあの事実は消えない。
3年前、3年生の春。玲也の父親は、妻を刺し殺した。妻には、別の男がいた。だが、夫は、酒と賭けに溺れていた。
どっちもクズだった。死も収監も、当然の報いだと思った。そして、その知らせは瞬く間に広がり、世間は当然、その2人に言の刃を向けた。
【子供が可哀想】【子供のアフターケアとか大丈夫なのかな……】
中には、そう言って玲也を心配する声もあった。
でも、もし。そのクズの子が近くにいたら。
『ねえ、あの子って……』『あんまり関わらない方がいいよね……』
親がこうなのだ。ろくに判断力のない小学生は、全員玲也を異端者とみなした。
それから、あの日々が始まった。
「ああ、起きてたのか。朝ごはんもう出来てるぞ。来たくなったらおいで」
その時、部屋の扉が開いた。
いたのは、優しい顔の初老の男だった。玲也の父方の祖父。親族で唯一、玲也の保護に名乗りを上げた家の人間だった。この家にはもう1人、祖母がいる。そちらも同様、優しい人だ。これを見るに、あのクズは突然変異で産まれたのだろう。やはり神は時に変なことをする。なぜだか人の人生を壊そうとする。だけど、あいつらには何も負の要素をやらない。自分があいつらの事を見ていないだけかもしれないが、少なくとも、当時の玲也にはそう思えた。
「うん。行く」
祖父の呼びかけにそう答え、2階の自室から1階のリビングに降りた。
「それじゃあ、少し出てくる。昼過ぎには戻るよ」
「うん。行ってらっしゃい」
祖父は、近所に畑をいくつか持っている。その管理の為か、この時期は少し忙しそうだ。
ちなみに祖母はと言えば、最近持病が僅かばかり悪化し、今は遠くの病院に行っている。
玲也は、少し寂しくなったリビングで朝食をとった。
祖父が用意した、典型的な和食だった。現代の小学生にはあまり好まれなさそうだが、玲也は満足の基準がこの上なく低い。食事があるだけありがたい、と。そう思っていた。
(今日から皆6年生か……てか、1組って誰がいたっけ……)
そんなことを考え、冷蔵庫に貼られたプリント類を確認する。担任が一週間に一度まとめて届けてくれていたもので、中でも、冷蔵庫には重要そうなものだけ貼っている。
後ろの後ろ、一番後ろに、そのプリントがあった。
玲也の学校では、2年生から3年生になる時、4年生から5年生になる時の2回、クラス替えが行われる。そして、玲也は4、5年生の時点で学校に行っていなかったため、現在のクラスのメンバーをあまり覚えていないのだ。
(ええっと………)
名前を見てもよく分からなかった。顔が一切浮かばない。
上から下まで読んでみても、自分以外全部知らなかった。
(まあいいや。とりあえずご飯早く食べよ……)
その時、インターホンが鳴った。
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