第17話 神様、温泉郷で揉めごとを鎮める

「ふわぁ~……最高……」


 湯けむり立ち上る露天風呂で、俺は目を細めた。

 体を包む湯のぬくもり、背後の岩肌、遠くに聞こえる鳥の声――


 これはもはや、究極のふわもこである。


「メジェドさん……幸せそうですね……」


 となりでアリアが、頬を赤らめて浸かっていた。

 神としての務めも一段落、俺たちは束の間の休息として、

 “神湯の郷”と呼ばれる温泉地に立ち寄ったのだ。


 ここは多くの神々が加護を与えており、「神の湯」として名高い。

 その分、神々の縄張り争いも激しいらしい。


「……ん? なんか、のれんの色変わってね?」


 ふと脱衣所の入り口を見ると、湯屋の“のれん”が「湯の神・カスカ様」と記されていた。

 さっきは確か「温泉主神・ネネ様」だったような……。


 


◇ ◇ ◇


 


「ふざけるな! こののれんは我が一族の証!」


「違うわ、ここは代々ネネ様の泉なの!」


 神湯の郷の広場では、すでに神様同士の口論が始まっていた。

 のれんを巡って争うのは、“源泉の神”ネネ様と、“蒸気の神”カスカ様。


 両者ともこの地に長く影響力を持ち、湯屋の“看板”としてのれんの主導権を巡って対立していたのだ。


「メジェド様、止めてください! このままだと温泉が割れます!」


 俺はため息をついて前に出る。


「温泉で揉めるなよ……そもそも、のれんの色で効能が変わるのか?」


「変わりますとも! 青のれんは神経痛に、赤のれんは美肌に!」


「……いや、気分の問題じゃね?」


 


◇ ◇ ◇


 


 俺はぽんと手を叩いて言った。


「だったら、ふわもこ式のれんで公平に行こう」


「ふわもこ式?」


 俺はリリーに頼んで、特製の**“ふわもこのれん”**を用意させた。

 布団素材でできており、触るとほんのり温かく、くぐると軽く“癒し”の香がする。


 そののれんを掲げ、こう宣言する。


「この湯は、争うためのものじゃない。

疲れた心と体を癒す“休息の聖地”にしよう。

誰が主かじゃなくて、誰でも癒される場所――それが、ふわもこ温泉」


「……メジェド様、それ、ちょっと……かっこいいです……!」


「あとで枕投げな」


 


◇ ◇ ◇


 


 試しにその“ふわもこ暖簾”を設置すると、

 なんと宿泊者の数が倍増した。


「こののれん、くぐるだけで心がほぐれる……」


「帰りたくなくなるんだけど」


 観光客の反応は上々、さらに地元の神官までもが嘆息する。


「のれん一枚で……神々の争いが収まるとは……!」


 


◇ ◇ ◇


 


 最終的に、ネネ様もカスカ様も頷き合った。


「確かに、湯の効能だけを競っていたのは、我らの未熟でした」


「これからは、“休息と調和の湯”として名を広めよう……」


 二柱は、俺に頭を下げた。


「メジェド殿。あなたの“癒し”には、熱湯よりも熱い力がある」


「やかましい。風呂上がりの牛乳よこせ」


 


◇ ◇ ◇


 


 夜――

 縁側でふわふわの浴衣を着て、温泉饅頭をほおばる。


 月明かりの下、アリアが隣でぽつりと呟いた。


「ねえメジェドさん。次は、どこへ行くの?」


 俺はしばし考えてから、答えた。


「南の海に、“癒しを拒む民”がいるらしい。

 布団の意味も知らない、硬派な戦士たちだとさ」


 ――なら、行くしかないだろ。

 ふわもこの力を、今こそ届けるために。

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