第5話 メジェド様と王都の使者

 リュカたち勇者一行が村を去ってから、三日が経った。


 メジェド様こと俺は、いつもどおり畑の上をふよふよ漂い、村人に魔力をふわりと分け与え、子どもたちの遊び相手をしていた。


「精霊様、今日もトマトの葉っぱがピカピカしてるよ!」


「ありがたや~、布様の加護じゃ~」


「だから布様やめろって……」


 そう、すべてはいつもの日常。だが――


 その日、村の北道に馬車の影が現れた。


 黒と金で飾られた、いかにも高貴な意匠の馬車。御者の服装も洗練され、荷台には王家の紋章が描かれている。


 そして馬車の扉が開き、中から降りてきたのは――


「……え、なんかお姫様っぽい人来たんだけど!?」


 見た目は十七、八歳くらい。絹のような白金の髪、真珠をあしらったドレス、涼しげな青い瞳。そして何より、隣の護衛たちの焦った顔を見るに、かなりの身分だ。


 


◇ ◇ ◇


 広場に集められた村人たちを前に、彼女は名乗った。


「初めまして、皆様。わたくしは、王国第一王女、セリア・フィルミリア・ラグナレア」


「おおおおおおおお!?!? 王女様ぁぁ!?」


 村長の膝が笑っている。エルナが「え、えらい人なの?」と俺に耳打ちしてきた。うん、とても偉い人だよ。


 セリア王女は、柔らかな微笑みを浮かべながら話を続けた。


「この地に現れた“精霊”――あるいは神とも称される存在について、直接対面と観察のために参りました」


 もう完全に俺のことです本当にありがとうございました。


 


◇ ◇ ◇


 王女の周囲には、強そうな騎士と、堅物そうな文官が数名。だが王女自身は落ち着いていて、こちらに危害を加える様子はない。


「精霊様は……どちらに?」


 村長が、空を見上げて指さした。


「あちらに……ふわふわと浮かんで……」


「……ああ、あれですか。あの……白い……布」


 王女の語尾が微妙に引っかかっていた。うん、分かる。初見だとそうなるよね。


 俺はゆっくりと空から舞い降り、王女の前に浮かび上がった。


「初めまして、王女殿下。見ての通り、布です」


 笑いを堪える文官の肩が震えた。護衛騎士が噴き出しかけて睨まれている。セリア王女だけが真顔で頷いた。


「……神は姿に縛られぬ。布であろうと神は神。そういうものです」


「すごい、すんなり納得してくれた……」


 王女は俺をしばし観察し、やがて問いかけてきた。


「あなたの力、わたくしの目で確かめてよろしいでしょうか?」


「具体的には?」


「この村の人々が言う“畑を育てる加護”――それを、実際に見せていただきたいのです」


「ふむ……それなら、すぐに見せられるさ」


 


◇ ◇ ◇


 王女一行を連れて、畑へ移動。


 土はまだ柔らかく、昨日植えられたばかりの苗が並んでいた。


 俺はふわりと苗の上へ浮かび、軽く魔力を送り込む。無理に集中する必要もなく、自然に流し込めばいい。


 すると――


「……っ!」


 周囲の人間が息を呑む。


 苗の葉が、光を受けたように青々とし、茎が微かに伸びた。根がしっかりと張り、わずか数秒で目に見える成長を遂げたのだ。


「……本当に……生きているものに加護を与えている」


 王女の目がわずかに見開かれた。そのまま、彼女はまっすぐ俺を見た。


「この力は――王国にとって、極めて重要な資源です」


 あっ、なんか嫌な予感がしてきた。


 


◇ ◇ ◇


「精霊様。お願いがあります」


 セリア王女は、静かに、しかし真剣な声で言った。


「王都へお越しいただけませんか?」


 村人たちがざわつく。エルナが「行っちゃうの……?」と不安げに俺を見る。


 俺は浮かんだまま、少しの間、黙っていた。


 王都。名声。もしかすると、もっと大きな舞台で人々の役に立つことができるのかもしれない。


 でも。


「……悪いが、俺はこの村が好きなんだ」


 王女の表情が僅かに揺れた。


「この場所は静かで、人も優しい。俺みたいな、正体不明の神様も受け入れてくれる。そんな場所、そうそうないんだ」


「……では、王都に来る気はないと?」


「ない。しばらくはね」


 するとセリア王女は、ふっと笑った。


「……それもまた、神の意志。承知しました。ですが」


「ですが?」


「また会いに来ます。あなたがそう言うなら……何度でも」


 そう言って、彼女は小さく頭を下げた。


 


◇ ◇ ◇


 その日の夜。


 村の井戸のそばで、エルナが俺のそばに座っていた。


「王女様、美人だったね」


「まあな。あのくらいの容姿、現代で芸能界行けるレベルだな」


「げーのーかいって何?」


「難しい話だ、やめておこう」


 二人で笑いながら夜空を見上げる。


 流れ星がひとつ、空を横切った。


「ねえ、精霊様。もし……いなくなっちゃったら、私、泣くからね?」


「……安心しろ。しばらくはどこにも行かない」


 メジェド様の村暮らしは、まだまだ続きそうだ。


 だが――彼がこの世界に現れたという事実は、すでに王国中の耳に入りつつある。

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