メジェド転生
タンポポさん
第1話 目覚めれば、白い布だった
その日、俺は仕事帰りの満員電車に揺られていた。
社畜とまではいかないが、日々残業、土曜出勤、上司の無茶振り、エクセル地獄――そんな生活にどっぷり浸かった独身男、三十路目前。せめてもの楽しみは、深夜にネットで神話系の雑学を読んでニヤニヤすることくらいだった。
特に好きだったのは、あの「メジェド様」。
――全身を白い布で覆い、目だけが描かれている、謎のエジプト神。
ビジュアルがどう見てもギャグで、ネットでは「歩く布団」「中身が気になる神」とネタにされまくっていた。
「こんなのが神とか、古代人のセンスってすげーよな……」
そんなことを考えながら帰宅中、俺の意識は突然ブラックアウトした。
◇ ◇ ◇
目覚めた瞬間、異常だとわかった。
まず、まぶたがない。目を閉じられない。視界は真っ白な霧のような空間で、上下左右の感覚も曖昧だ。
「どこだ、ここ……?」
声を出したつもりだったが、空気の振動は感じない。ただ、自分の中に響いてくるような“声”があった。
手を見ようとするが――ない。
いや、あるのか? 意識を集中すると、自分が何か白くて四角い布のような形をしていることに気づく。そこに、丸くて黒い目がふたつ描かれていた。
「……え?」
ふわりと自分の姿が宙に浮いているのを感じる。そして、それがどう見ても――
「これ、俺、メジェド様じゃねぇか!?」
……夢だと思いたかった。だけど、リアルすぎる五感と、圧倒的な“実在感”がそれを否定していた。
そして次の瞬間、頭の中に声が響いた。
「申し訳ありません。当神界システムの不備により、あなたの魂を誤って召喚・転生してしまいました。」
「はああああ!?」
神様の声らしきものが、まるでカスタマーサポートのような口調で続ける。
「お詫びとして、あなたにはランダムな神格と肉体、加えてファンタジー世界への転生を付与いたしました。あなたの新しい姿は、かの神“メジェド”に基づいています。なお、詳細な能力については……ご自身でご確認ください」
理不尽すぎる。が、怒りの感情も、なぜかぼんやりと薄れていく。たぶん、肉体が神格化しているせいで感情の波が抑制されているのだろう。
「おい、冗談だろ……。俺、ただの会社員だったんだけど……?」
返事はなかった。ただ、白い空間が歪み、世界が回転し――俺の“異世界生活”が始まった。
◇ ◇ ◇
気づけば、森の中に浮かんでいた。
俺の白布ボディは、ひらひらと風に揺れながらも地面に触れず、ふわりふわりと浮遊している。足も手もない。にもかかわらず、俺は確かに“ここに存在”していた。
「……これは、どういう……」
試しに、意識を向けてみると、周囲の空間にわずかな魔力の流れがあるのがわかった。なんだこれは。MP? 魔素? よく分からないけど、確かに“魔法的なもの”を感じる。
そしてさらに、自分の目に力を込めると、遠くの草むらに潜んでいたウサギのような魔物がピクリと反応し――
ドカン!
突風のような圧力で、魔物が吹き飛んだ。
「……マジかよ」
どうやら、俺の“目”には何らかの力が宿っているようだった。威圧? 衝撃波? ともかく、敵意のある存在には有効らしい。
しばらく試してみた結果、いくつか分かったことがある。
【俺(メジェド)の基本性能】
肉体は霊体と物理体の中間。物理攻撃は効きにくいが、神聖系の攻撃には弱い。
浮遊移動が可能。足音なし。気配もほとんどない。
食事・睡眠不要。寒さも暑さも感じない。快適な存在。
目からの“威圧波”で弱い魔物を追い払える。
魔力感知に優れる。何かを視る力があるらしい。
「……チートってほどじゃないけど、便利ではあるな」
そんなわけで、俺は白布の神様として、異世界の森の中をふわふわ漂いながら、新しい生活を模索し始めたのだった。
目標はひとつ――
「異世界で、ゆるっと平和に暮らすこと」
神? 魔王? 勇者? そんなのは俺の知ったこっちゃない。
俺は、ただのメジェド様だ。
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