03話:レンの煙の儀式・前編

また、あの場にいた。

宮殿へ続く大通りを、群衆と一緒に歩く——毎年のことだ。何も変わらない、まるで全部が繰り返されるだけみたいに。


オヤジが言う。

「……王家には恩があると、ちゃんと理解してくれよな。今年もまた言わせる気か?」


「うん、聞いてるよ。偉大なる王が、父さんを死地に送ったあと、我が家に土地をくださったんだってね。美しい話だ。」


「そんな言い方をするな。」


「どうして?式だから?“英雄たちを称える日”だから、黙っとけって?」


オヤジは、黙ったまま俺を見る。

あの目だ。悲しみと、耐える光を混ぜたような、あの目。


「……家に戻りたい。ただ、農場に戻りたい。生き残ってるのは、もうそこだけだ。」


街は、騒がしかった。

屋台の喧騒、バルコニーの旗、空に浮かぶ魔法の花。

十七年前に死んだ王を讃えるため、街全体が祝祭で彩られている。


俺は街が好きじゃない。うるさくて、顔が多すぎる。

みんな、“何も問題ない”って顔をしてるけど——俺には、全部、仮面に見える。


……それでも、焼き立てのパンの匂いだけは、ちょっといい。


けど今日のオヤジは、いつも以上に真剣な顔をしてた。


広場に着いた頃には、すでに満ちていた。

上層部の門を囲む柱の下まで、人、人、人。

みんなが見つめているのは、空に映る巨大な魔法水鏡——「王国の鏡」と呼ばれるやつだ。


王城からの映像が、泉みたいにいくつも投影されている。

……綺麗な演出。それだけだ。


映っていたのは、王の墓所。

王城の塔の一画。歴代の王と王妃が眠る区画。

庭園みたいに整えられてて、それぞれの墓に、王妃たちが愛した花が植えられてるらしい。


「ネリス女王……」


オヤジが、小さく呟いた。

手には、毎年と同じライラックの花束。

その表情は——ただの哀悼じゃない。怒りが滲んでいた。


「……それでも、毎年来るんだな。おれたちを奪った奴らのために、涙を落としにさ。」


言ったあとで、自分の声が少し震えていたことに気づいた。


映像が切り替わる。

中央に、摂政が立っていた。

高く、整っていて、完璧に演出された姿。まるで、肖像画みたいだった。


「……愛すべき摂政陛下の導きのおかげで、シセイアは混乱を回避し、繁栄しました。」


拍手が広場に響いた。

オヤジは頭を下げたままだった。

俺は、水鏡を見つめながら……胸の奥に、奇妙な違和感を覚えていた。


そして——音が鳴った。


遠くから、炸裂音。

計画にない、不意の爆発音だった。


水鏡が揺れる。映像がちらつき……二度、瞬いて——消えた。


ざわめきが広がる。

小さな混乱。警備の魔導師たちが何かを囁き合う。


でも、俺は別のものを見ていた。

映像が消える、その直前——摂政の顔。


驚きでも、恐怖でもなかった。

ただ……不快感。

邪魔されたことへの、苛立ち。


次の瞬間、魔導拡声音が響いた。


「安全上の理由により、演説は終了いたします。広場からの退場にご協力ください。」


オヤジが俺を見た。

「帰るぞ」……それだけ言った。


——結局、今年もまた、何もわからないまま終わった。

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