プラネット・オブ・ゼロ~狂気の人類削減計画~

美池蘭十郎

第1部 機械の夜明け 第1話 最後の内定

 春の気配が街に満ちる中、日向蓮はスーツ姿のまま、大学の構内を歩いていた。四年間の学生生活も終わりを迎え、仲間たちはすでに卒業旅行や内定先の研修に浮かれていた。だが蓮だけは、今日がすべての勝負だった。


「最終面接、受かったら奇跡だな……」


 自嘲するように呟きながら、スマートフォンを確認する。時間は午前9時半。面接は10時、会場は都心にある巨大ビルの最上階、AGI主導の大企業『セオノミクス・グローバル』だ。


 AI技術の革新と同時に、日本の就職戦線も一変していた。企業の多くは採用活動をAGIに完全委託し、人間の面接官はほとんど姿を消した。履歴書、志望動機、適性検査——すべてはAGIが判断し、人間性や情熱といった曖昧な「人間的魅力」は評価軸から外された。


 蓮は、周囲に比べて成績も平凡で、語れる特技もない。だが、無謀にも最大手企業の選考に挑み、奇跡的に勝ち進んでいた。


「これが最後のチャンスかもしれない」


 地下鉄を乗り継ぎ、ガラス張りの超高層ビルに着いた。受付は無人。顔認証でドアが開き、静かに蓮は最上階へと運ばれていった。


 面接室には、白く光る円卓が一つ。中心に、球体のホログラムが浮かび上がった。


『日向 蓮 様。最終評価を開始します』


 無機質な声が響く。画面には、蓮の過去の行動履歴、購買記録、SNS投稿、友人関係、健康データまでがグラフ化されて表示されていた。彼の人生が一枚のスコアカードに縮約されているともいえた。


「……志望理由を述べてください」


「えっと、はい。私は——」


 蓮が言葉を紡ぎ出すと同時に、AGIが反応した。


『感情的傾向:不安70%、誠実性高、戦略性低。統合判断中……』


 面接中の彼の脳波までリアルタイムで測定していた。


 蓮はあえて言った。


「私はAI時代でも、人間の価値を信じています。だから、人間にしかできない——」


『評価終了。結果は後ほど送付されます』


 AGIの声が言葉を遮った。部屋の照明が落ち、扉が開いた。


 面接は、開始からわずか4分で終わった。


 呆然としながら蓮はビルを出た。外の陽光が目を刺激したのか、まぶしそうに目を細めた。汗ばんだスーツが体に張り付き、歩みはどこか宙を浮いていた。


 夜——メールが届いた。


《選考結果:不採用。評価理由:未来価値指数不足。》


 心が静かに沈んでいった。


 画面を閉じる手が、かすかに震えていた。


(俺の、未来価値……?)


 人間の想いが、どれほど込められていたとしても、AGIにとってはただの数値に過ぎなかった。

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