第4話違和感の始まり(前半)

 翌日から、レイカはさらに“密着”してくるようになった。


「おはよう、勇太くん。今日も一緒に帰ろっか?」


「勇太、今誰とLINEしてたの? ……ねえ、見せて?」


「昼休み、空いてるよね? 他に用事ないよね?」


 その声は甘くて優しい。でも、どこか“逃げ場”を与えないような圧があった。


 最初は、戸惑いながらも「こんな美少女と仲良くできるなんて」と内心浮かれていた自分がいた。だけど、今は少し違う。


 レイカの視線は、常に俺を追っていた。授業中も、廊下でも、誰と話していても――“監視されている”ような感覚が拭えなかった。


 


 そんなある日、昼休みに如月が俺の席へやってきた。


「なあ、天城。ちょっと相談があるんだけどさ……屋上、行かね?」


 レイカが教室にいないタイミングを見計らっているのが、妙にリアルだった。


 屋上に着くと、如月はすぐに切り出した。


「なあ……氷室と、最近どうなんだ?」


「どうって……別に。友達、かな」


「……正気か?」


 珍しく真顔だった。如月はいつも軽口を叩いているタイプだ。そんな彼が、今は眉をひそめて、深刻な表情を浮かべている。


「最近、綾瀬が教室で泣いてたんだよ。理由、わかるか?」


「……!」


「誰にも言えない、ってさ。けど、お前の名前が何度も出てきた。……氷室、何かしたんじゃねえか?」


 心当たりが、ありすぎて言葉が出なかった。


「お前の机、プリントの山になってた日もあったよな。全部、氷室の字だった。正直、普通じゃない」


 俺は俯いたまま、答えられなかった。


 如月は、しばらく黙っていたが、ふぅっとため息をついて言った。


「……まあ、確証はねえ。でも、何かあったらちゃんと言えよ。お前、そういうの全部一人で抱え込みそうだからさ」


「……ありがとな」


 俺は、ただそう返すことしかできなかった。


 


 放課後。昇降口で靴を履き替えていると、すっと影が差した。


「……勇太くん、今日、誰と屋上にいたの?」


 振り返らずともわかる。声で、匂いで、気配で。


 氷室レイカ。


 その声は、優しいようで、冷たい。


「如月だよ。ちょっと話があって」


「ふぅん……“如月くん”とね」


 ぴくり、と何かが弾ける音がした気がした。


「勇太くん、私のこと、避けてるよね?」


 彼女は俺の腕を掴んだ。冷たい指先だった。けど、力は強い。


「私のこと、好きじゃないの?」


 その一言に、呼吸が止まった。


「そういうんじゃ……ないけど」


「じゃあ、どういうの? 私のこと、他の誰より優先してくれないの? 友達って言ったよね? じゃあ、裏切らないよね?」


 目の前の彼女は、王子様なんかじゃなかった。


 少女だった。不器用で、必死で、ひとりぼっちを恐れる――とても壊れやすい存在。


「……俺は、氷室のこと嫌いじゃない。でも、他の人とも話したい時はある。それってダメなのか?」


「……私は、怖いの」


「何が?」


「勇太くんが、私から離れていくこと」


 その言葉は、まるで呪いのようだった。


 


 彼女は、ゆっくりと微笑んだ。


 けれど、その瞳の奥は――静かな狂気で満たされていた。


「大丈夫だよ、勇太くん。……私が、全部壊してあげるから」


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