第47話:グランドファイナル会場入り

早めに会場入りしたREJECT CODEの舞依と琴音は、まだ空席の多い客席を覗いていた。

遠くから、ざわめきがゆっくりと満ちていく。


「いよいよ来たんだ」

舞依の中で闘志が湧き上がる。


その時、観客席に、見慣れた顔を見つける——母と父が並んで座っている。

母は、少し不安そうな顔をしている。

父は腕を組んだまま、静かに舞台を見つめていた。


舞依は思い出す。

「プロになるなんて甘くない」

——そう言って、母は話を終わらせた。

「高校卒業までは好きにやれ」

——父の言葉は、それ以上を望むことへの線引きに思えた。


でも今、二人は来てくれている。

誰に誘われたわけでもなく、誰に押されるわけでもなく。

舞依の肩が、震える。涙が出そうになるのを、ぐっとこらえる。


舞依は、尚斗を見つけた。

いつものように、誰にも気づかれぬよう壁にもたれかかって立っている。

舞依は、尚斗の方に顔を向ける。

手には、祈りのように折りたたまれた一枚の楽譜。

その紙面には、二人の指紋が重なった跡が、まるで“音の契約”のように刻まれていた。

「尚斗、あなたと作り直した《Cry for Freedom2025 -Rebirth》。」

「この曲で私は、あなたにすべての想いを届けるわ」

尚斗は、舞依を見つめ、静かに頷いた。

その頷きは、言葉よりも深く、舞依の胸に響いた。


舞依は、譜面を胸に抱きしめるように持ち直し、想いを馳せる。

「この曲は、私たちの“再生”、そして、世界への“祈り”」

「あなたがいたから、私は音を信じられた」

「だから今日という日は——あなたと私の音で、世界を震わせるの」

「このグランドファイナルで、私たちの“魂の音”を届ける!」

舞依の言葉が空気に溶ける。

尚斗は、その背中を見つめながら——音の外側から、最も強く共鳴していた。


観客席には琴音の家族も来ていた。

琴音に気付いた父親が会場全体に聞こえるような大声で豪快に叫ぶ。

「琴音、絶対優勝じゃー!」

琴音が目を丸くして言う。

「お父さん、来てくれたの?すご!マイク使ってないのに…」


母は静かに微笑み、目だけで「大丈夫」と伝えてくる。

「お母さん、見てて。今日は頑張るよ!」


「琴音、今日は最高のパフォーマンス期待してるよ!」

小悪魔琴音を爆誕させた姉が、今は観客席から“未来の光”を応援している。

家族の絆がこんなにも勇気をくれる。琴音は改めてそう感じていた。


観客席には舞依と琴音のクラスメイトもいた。 「頑張れ学級員の横断幕」。そして 体育祭の時の応援旗を掲げている。

あの日の汗と笑いが、今は舞台の光に変わる。

舞依と琴音はクラスメイトに手を振る

「ありがとう、みんな!頑張るよ!」


そして、グランドファイナル無念の辞退となった「LayerZero」のメンバーも観客席にいた。

瑞穂、悠真、理央、千紘、そして拓人がいる。

琴音は、ステージ裏からその姿を見つけ、静かに想いを馳せる。

「瑞穂部長、私はあなたの歌と共に成長できました。

『注釈的リフレイン』、『琴音ハーモニー』——あなたのおかげで生まれました」


「悠真先輩。あなたは、私の憧れの人でした。

いつも助けてもらってばかりでした。あの優しさ、ずっと忘れません」


「理央先輩、普段はあまりしゃべらないけど、

あなたの刻むドラムのリズムは、いつも心に響いてました。彩のことよろしくね♡」


「千紘先輩、同じ女性メンバーとしてとても心強い存在でした。

“迷いを、響きに変える”——あの演奏、すごかったです」


琴音は、拓人を見つめる。

拓人も、それに気づき、静かに目を合わせる。

「拓人さん、昨日はありがとう」

「私は今日、誰のために歌うのかはっきりわかります」

「あなたのために歌います。そしてその想いを、世界に届けます」


「LUX NOCTIS」演奏開始30分前。

控室では今日も、静かに演奏前の「ミサ」を執り行っていた。

控室の照明はすべて落とされていた。

中央のテーブルの上に置かれた一本の赤い蝋燭だけが、ゆらゆらと炎を揺らめかせている。

その炎が、壁に五人の影を映し出す。影は祭服を纏い、静かに祈りの姿勢を取っている。

ピアノの詩音が小さく呼吸を整えながら、持参した十字のペンダントに指先を添える。

「主よ、憐れな子羊たちを救いたまえ」

「主よ、愚かな反逆者たちに鉄槌を」

「主よ、我らに勝利を」

メンバーが無言で祈りを捧げる。

指揮台に立つ瑞希が口元で小さく呟く。

「LUX NOCTIS、音の祈り——始めましょう」

「今日は私達の祈りで世界を変えるのです。」

「さあ、新世界の幕開けです。」


「全国ティーンズバンドフェス」グランドファイナルは、

メディアによる生中継に加え、公式YouTubeでも全世界に配信される。

LUX NOCTISは、その“舞台”をただの演奏の場とは捉えていなかった。

それは——音による布教の祭壇。

彼らの音楽には、特殊な周波数が含まれている。

それは、視聴者の潜在意識に作用し、知らぬ間に“音の信者”へと変えていく。

演奏が始まれば、コメント欄はこう変わるだろう。


「我らは光の夜に集う」


「音に導かれし者たち」


「LUX NOCTISこそ、魂の福音」


SNSでは「#LuxNoctisの祈り」がトレンド入りし、世界中の若者が覚醒していく。

彼らは旧世界を拒絶し、音による新世界の構築を志す。


LUX NOCTISの思想は明確だ。

「音は祈りであり、祈りは支配である」

彼らの音楽は、表現ではなく革命。

感情、価値観、社会構造——すべてを音で塗り替える。

そして今日、グランドファイナルの舞台で——

その“第一音”が、世界の精神構造を震わせる。


蝋燭の炎が、静かに揺れる。

その赤い光が、瑞希の瞳に映り込み、まるで血の誓いのように輝いていた。

瑞希が、低く、そして穏やかな声で祈りを捧げる。


「我らが演奏に共感する者には——限りなき安息を」


「だが……異を唱える者には——容赦なき終焉を」


その言葉に、空気が震える。

メンバーたちは一斉に拳を胸に当て、声を重ねる。


「異を唱える者には——容赦なき終焉を!」


「異を唱える者には——容赦なき終焉を!!」


「異を唱える者には——容赦なき終焉を!!!」


その叫びは、祈りではない。

それは、音による審判の宣告だった。

壁に映る影が、まるで異端者を断罪する神々のように揺れ動く。

蝋燭の炎が一瞬、強く燃え上がり——そして、静かに沈んだ。


瑞希は、静かに目を閉じ、最後に一言だけ呟いた。

「さあ……行きましょう。音で世界を救い、そして、「REJECT CODE」を裁きましょう」


「LUX NOCTIS」がステージへ向かう。

ステージへ向かう五人の背に、赤い蝋燭の炎が最後の光を投げかける。

その光は、まるで旧世界の断末魔のように、静かに揺れていた。

誰も言葉を発さない。

だが、彼らの足音が語っていた。


——これは演奏ではない。


——これは祈りではない。


——これは赦しではない。


これは、音による審判。

そして、新世界の福音。

「LUX NOCTIS」がステージに立つ。

その瞬間、世界は“音の信仰”へと染まり始める。

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