第41話:LayerZeroの悲劇と琴音の決意

グランドファイナルまで、後5日。

LayerZeroの部室には、静かな熱が満ちていた。


6人のメンバーは、それぞれの音を磨き、最後の調整に集中していた。

LayerZeroはセミファイナルの対戦相手「NEU TRICK」の技術を喰らい、超えることで、更なるレベルアップを遂げていた。


瑞穂(3年・ボーカル兼部長)は、ツインボーカルのハーモニーを確認しながら、

琴音に声をかける。

「……みんなの心に響く歌を、もう一度次のステージで魅せるわよ!琴音さん!」

「はい!瑞穂部長!」

-

悠真(3年・ギター)は、コードに“揺らぎ”を刻みながら、静かに呟く。

「この音で、観客の心を揺らす。ちゃんと残すよ、俺の響き」


理央(2年・ドラム)は、スティックを握りしめ、リズムの鼓動を確かめる。

「俺のリズム、もう一度観客と重ねる。“共鳴”させるために」


千紘(2年・キーボード)は、鍵盤に指を滑らせながら、演出との融合を思案する。

「コードと光、もっと自在に操れるようになりたい」


拓人(2年・ベース)は、低音を響かせながら、誰にも聞こえないように呟く。

「“記憶の低音”……グランドファイナルが終わったら、伝えるよ。俺の想い」


琴音(1年・サブボーカル)は、瑞穂とのハーモニーに集中しながら、目を輝かせていた。


琴音が舞依とのLINEについてメンバーに話す。

「そういえば、舞依が言ってたんですけど、グランドファイナルの3組目のバンドの「LUX NOCTIS」って、なんかヤバイバンドみたいです。」


悠真が尋ねる。

「ヤバイって?」


琴音が、深刻な表情で続ける。

「それが、催眠術っぽい特殊な技術で会場にいる人間の感情を支配する演奏だって」


拓人が言う。

「それって音楽じゃないじゃねーか!そんなバンドがグランドファイナルに残ったのかよ!」


琴音が、更に続ける。

「はっきりした証拠がないから、大会関係者にも訴えられないそうです」


そのとき――

部室に、慌ただしく近づいてくる足音。

扉が勢いよく開く。

そこに立っていたのは、校長だった。

その表情は、苦悶に満ちていた。


瑞穂が立ち上がる。

「校長先生、どうしたんですか?」


校長は、言葉を選びながら告げた。

「瑞穂くん……大変言いにくいのだが、…… 

今度のグランドファイナルは、辞退することになった」


「え……?」

部室の空気が凍る。

演奏が止まり、メンバーは茫然と立ち尽くす。


瑞穂が震える声で尋ねる。

「辞退って……どういうことですか?」


校長は深く息を吐き、言った。

「例の不祥事の件が、SNSに投稿された。

私は大会参加を認めたが、メディアにまで取り上げられてしまった。

明日、記者会見を開くことになっている」


拓人が顔を上げる。

「……まさか、それって、俺の件ですか?」


校長は頷いた。

「そうだ。君の暴力事件のことだ」


琴音がすぐに声を上げる。

「でも、それは私を助けるための正当防衛だったって、校長先生も認めてくれたじゃないですか!」


―――大会直前の放課後。

琴音は、校舎裏で数人の男子生徒に囲まれていた。


「最近、調子乗ってんじゃねーの?」


「軽音部でちやほやされて、俺らのことはもう眼中にないってか?」


琴音は怯えながらも、言葉を返すことができなかった。

そして、男子たちに暴行されそうになる。


「やめて、誰か助けて!」


その時、拓人が現れた。

「やめろ。今すぐ離れろ」


男子生徒たちは笑った。

「なんだよ、ヒーロー気取りか?」


だが、次の瞬間——

拓人は迷いなく、拳を振るった。

リーダー格の男子を倒すと、男子たちは逃げ出した。


拓人は琴音に駆け寄る。

琴音は泣きながら言った。

「……ありがとう、拓人先輩。……」


その数日後。

事件を恨んだリーダー格の男子が、匿名アカウントでSNSに投稿した。


「LayerZeroには暴力事件を起こしたメンバーがいる。

反省もせず、部活を続けている不届き者。

こんな奴が大会に出るなんて、ありえない」


投稿は瞬く間に拡散された。

「暴力を美化するな」「学校は何を考えてるんだ」

誹謗中傷のコメントが殺到し、学校の公式アカウントにも炎上が波及。


学校には連日、数百件のメールが届いた。

「暴力を容認する教育機関なのか?」

「子どもを通わせるのが不安です」


電話も鳴り止まず、事務室は対応に追われる。

校長は、拓人の正当性を訴え続けた。


だが、世論は冷たかった。

「暴力は暴力だ」「正義の名を借りた暴力は許されない」

そして、メディアにもセンセーショナルに取り上げられてしまう。―――


校長は静かに答える。

「その通りだ。私は暴力行為については反省の必要があると判断し、君に謹慎処分を与えた。

だが、君が琴音さんを守るために行動したことは、正義だったと認めている。

だからこそ、大会参加も許可した」

「しかし――SNSで投稿されてから、学校には誹謗中傷のメールが殺到し、苦情の電話も鳴り止まない。

私は君たちにそれが伝わらないよう、必死に守ってきた。

だが、メディアにまで広がってしまった今、もうどうすることもできない」


理央がテーブルを拳で叩く。

「そんな……拓人は、悪いことなんかしてない!」


千紘が震える声で言う。

「拓人は、琴音を救いたかっただけなのに……」


拓人は、琴音の方を見てから、校長に向き直る。

「俺は、後悔してません。

あの時、琴音を守るために殴った。

それが間違いだったとは、思ってない」


琴音が涙を浮かべながら言う。

「私も……あの時、拓人先輩が来てくれて、本当に良かったと思ってます。

もし先輩がなかったら、私は今、ここにいなかったかもしれません」


校長は目を伏せた。

「……申し訳ない。私の力不足だ。

君たちの音楽を守りきれなかった。本当に申し訳ない」

そう言い残して校長は静かに去っていった。


部室には、静寂が訪れた。

音も、言葉も、誰も発せなかった。


控室の空気が張り詰める中、拓人がぽつりと呟く。

「みんな、すまない。俺のせいだ。せっかくここまで来たのに。」


その言葉に、琴音が涙を流しながら叫ぶ。

「違う、悪いのは拓人先輩じゃない!私がいけないの!」

その声に全員が言葉を失う。そして、琴音は震える声で語り始める。


「私は、中学の時、舞依達と同じ軽音部にいました。

でも私は目立たない存在で、舞依のサポート役でしかなかった。

舞依の圧倒的な存在感、眩しいほどの輝きに嫉妬して……逃げたんです。

高校では地味な自分を変えたくて、小悪魔キャラを演じました。

男子にチヤホヤされるのも、少し嬉しかった。

でも、それがいけなかった。軽音部に入ってから、男子たちと疎遠になって……

そのことで恨みを買って、暴行されそうになったんです。」


メンバーたちは誰も言葉を発さず、琴音の声に耳を傾けていた。


拓人が苦しげに言う。

「もういい。それ以上言うな……!」


しかし琴音は、涙を拭いながら続ける。

「そのとき、拓人先輩が私を助けてくれた。

拓人先輩は悪くない。悪いのは全部、私なんです……!」


しばらくの沈黙の後、瑞穂がそっと琴音の肩に手を置く。

「……琴音さん、あなたは何も悪くないわ。

自分を変えたいと思うこと、それはとても大切なこと。

あなたは嫌いな自分を変えようとしただけ。そうでしょ?」


琴音は、震える唇で小さく頷く。

「……はい……」


瑞穂は優しく、そして力強く言った。

「なら、この件は誰も悪くない。悪いのはすべて、琴音を襲った男子生徒。

あなたは自分を責めないで。あなたの声は、誰かを救う力になる。」


琴音は少しずつ落ち着きを取り戻し、涙の中に光が宿り始める。

「ありがとうございます……瑞穂先輩。でも、私たち、これからどうしたら……?」


そのとき、沈黙を破って悠真が前に出る。

「琴音、お前、もう一度、舞依と一緒にやりたいんじゃないのか?」


琴音が驚いたように顔を上げる。

「私が……舞依と?」


悠真は笑みを浮かべながら言う。

「そうだ。さっき舞依に嫉妬してたって言ってたよな?

それって、憧れの裏返しだろ。

今のお前なら、舞依にも負けてない。

“琴音ハーモニー”——それを舞依の歌声に重ねるんだ。

それがREJECT CODEの最終兵器になる。

お前は、REJECT CODEの切り札なんだよ!」


琴音は、胸に手を当てて呟く。

「私が……REJECT CODEの最終兵器……?」


悠真が力強く言葉を続けた。

「さっき琴音が、“LUX NOCTIS”がヤバイって言ってただろ?

俺たちにはそれを真正面から壊せる力なんてないかもしれない。

でも、REJECT CODEと“琴音ハーモニー”ならできる。

あの演奏を、あの空間を、ぶち壊せると俺は信じてる」


瑞穂が深く頷き、琴音に一歩近づいた。

「そうよ、琴音さん。

あなたの歌声――もうとっくに私を超えてるの。

その声を、あのグランドファイナルで響かせて。

観客の心に、あの舞台に、あなた自身の存在を刻んで!」


拓人がベースを手放し、まっすぐ琴音を見た。

「琴音、俺たちはステージに立てない。

けど――

お前が代わりに立ってくれ。

LayerZeroの音を、お前の声で未来に繋げてくれ!」


理央も、千紘も、涙を浮かべながら叫んだ。

「行け、琴音! お前の歌声、信じてる!」

「私たちの想い、全部あなたに託すわ!」


部室に、あたたかい拍手が鳴る。

その中心にいた琴音は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、深く一礼した。


「……ありがとうございます。

私、琴音は――これから、REJECT CODEのもとへ向かいます!」


その声は、決して震えていなかった。

それは、自分を否定し続けてきた少女が、ついに自分自身を肯定した瞬間。

そしてその声は、舞依の音に重なり、“REJECT CODE”という旗を高らかに掲げる「魂の歌」へと昇華していく。


そして、琴音は扉を開けた。

その先に待つのは、REJECT CODE。

舞依との再会。

そして、LUX NOCTISとの“音の決戦”。

彼女の足取りは、もう震えていなかった。

それは、音楽を信じる者の歩みだった。

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