第34話:セミファイナル B組「LayerZero」

セミファイナル B組「LayerZero」の演奏が始まった。


『LayerZero – Harmony Beyond』

(テクノ×バンド×プログラミング青春)


echo(反響)してた 誰もいない教室で

私の声は void(虚空)に溶けて消えた

それでも諦めたくなかった

"Hello, world"──そう打ち込んだ希望(コードの最初の挨拶)


エラーばかりの毎日(失敗続きの毎日)

でも一行ずつ コードは積み上がる

バグも涙も rewrite(書き直し)してきた

心のGIT(バージョン管理システム)に commit(全力で記録)してたんだ


零(ゼロ)から始まるLayer(階層)

誰かと繋がるためのProtocol(通信手順)

君のvoice(声) その共鳴が

世界をrun(起動)させた この命が動き出す


やがて集まる仲間たち

each(それぞれ)に異なるtone(音色)を抱えて

でも一つになった瞬間

main関数(中心の動作)が動き出す


“私には何もない”って

思っていた昨日をdelete(消去)して

琴音のハーモニー if文(条件)も超えて

真実にaccess(到達)したんだ


零を超えてゆくLayer

重なったvoiceは祈りのsystem(仕組み)

静寂さえbreak(破る)するほど

今ここにある 私たちのAnswer(答え)


誰にも見えなかった compile log(変換記録)

でも確かに生きている

LayerZero──すべては、ここから始まる


イントロで一滴ずつ音が溶け始める。

最初に鳴ったのは、淡く揺れる和音。

それはまるで、ガラスの湖に落ちる涙のようだった。

無機質な電子の粒が、静かに波紋を広げていく。


デジタルの霧に差し込む一筋の息遣い──

無機質な都市の夜に、感情の花が咲く。


「明るすぎないコード……“迷ったとき”の音」

千紘が奏でるのは、空白の感情を包み込む余白。観客の心は、すでにその“迷い”に触れていた。

心拍を模したシンセの鼓動が、冷たい回路に微熱を灯す。


続いて加わるベースの低音。それは地面を震わせる“記憶の振動”。

「俺の音に、昨日を刻んだ」

過去のログがフラッシュバックするような、静かで深い轟き。

観客の足元に、「音による土台」が築かれていく。


ベースに重なるように、理央のスティックがリズムを刻む。

「俺のリズムで観客を踊らせる。」

観客心拍数、足音、息づかい――その全てが、理央のリズムとシンクロする。

彼のスネアには人間の衝動が混ざっていた。

「ステージでしか鳴らない鼓動、混ぜてみた」

静寂の中に、確かに“生”が息づき始める。


イントロ終盤、悠真のギターが低く鳴る。

そのコードは、「制御された揺らぎ」そのもの。

「この曲は、感情を設計できるって証明するやつだ」

ノイズでもなければ飾りでもない。揺らぎは、彼の心の再構築。


瑞穂のマイクに触れる手は、緊張ではなく導き。

「ここからが、“Beyond”の入り口」

声が流れた瞬間、空気が変わる。

言葉の意味よりも、音の“設計された感情”が観客を包み込む。


琴音が「注釈的リフレイン」を奏でる。

寄り添うように響くもうひとつの声。それは注釈ではなく、感情の補足。

「echo(反響)してた 誰もいない教室で

私の声は void(虚空)に溶けて消えた」

歌詞の外側にある思いを、彼女は声色に変えて届けた。

揺れる空気と視線を、彼女は“響き”として読み取っていた。


コードが月光になり、ベースが鼓動を抱きしめる。


ギターは希望の道筋を描き、ドラムは生の輪郭を刻む。


そのすべてを繋ぎとめるように、キーボードが揺らぎを編んでいく。


音が重なるたびに、“昨日”が消えていく。

“何もない”という記憶が、旋律の中で削除されていく。

その瞬間、音楽は物語となる


サビに入ると、主旋律とハーモニーが交差する。

「言葉を超えて、音でアクセスする。これは……誰かへのログイン」

その“誰か”が観客であり、メンバーであり、昨日の自分でもあった。


観客の瞳が濡れていた。

泣いていたのではない。共鳴していたのだ。

音ではなく、“意味”と“方法”が、身体と心に浸透していた。


瑞穂の最後の一節が、そっと差し込まれる。

「“LayerZero──すべては、ここから始まる”」

そして、「琴音ハーモニー」が旋律を奏でる。


それはやがて風となり、彼らの想いを静かに、遥か彼方へと運んでいく。

琴音の声が、技術と心の“境界領域”そのものを超えて、優しく更新する。


『LayerZero – Harmony Beyond』という楽曲が、「注釈的リフレイン」と「琴音ハーモニー」によって完全に“意味を超える構造”へと進化した瞬間だった。


演奏が終わり、ステージが暗転した瞬間、場内はしばらく静まり返った。

誰もが息を飲んだまま、動けない。


最前列の高校生バンドマンたちが真っ先に口を開く。

「……今、コード進行とかじゃなくて、“人”が鳴ってたよな。」

「NEU TRICKの精度もすごかったけど、これは……感情を設計した音だ。」


文化系女子グループがそれに続く。

「琴音ちゃんの声……ハーモニーなのに、なんか泣きそうになった。」

「コードも歌詞もわからないのに、胸が熱くなった。」


音響スタッフも感心する。

「ギターの歪みとベースのロングトーン、あれ意図的だな。でも完全にコントロールはしてない。」

「制御と解放の境界線を、あえて揺らしてた。……上手い。」


最初は誰も拍手をしなかった。

だが、後方の観客が小さく手を叩くと、前列の誰かがそれに応えた。

その拍手は「称賛」というよりも――**「共鳴の証」**だった。

徐々に広がり、やがて場内を優しく包み込む。


ライトが消えると同時に瑞穂が、深く息を吐く。

「……みんなの心に響いた。理論じゃなくて、“演奏”で答えられた。」

その目には涙はない。だが、指先が震えていた。


ギターを下ろしたまま、無意識に左手を見つめる悠真。

「揺らぎ……ちゃんとコードに残ったな。」

表情は穏やかだが、胸の奥ではまだリズムが鳴っている。


スティックを握った手を一度開き、鼓動を確かめる理央。

「……俺のリズム、観客と重なってた。あれはもう“共鳴”だった。」


千紘がキーボードの鍵盤から手を離す瞬間、わずかにため息をつく。

「光とコード……想像以上に観客が“迷い”を受け取ってた。」


拓人がベースの弦を最後に軽く撫でながら、静かに呟く。

「3音目で、誰かの顔が浮かんだ。……これが“記憶の低音”か。」


琴音が観客席の奥を見つめながら、胸に手を当てた。

「……声が返ってきた。響きが、私に話しかけてた。」

彼女は“ハーモニーの役割”から完全に抜け出していた。

「私、歌と一体になれた。本当に私の歌になった!」


観客席で演奏を聴いていたREJECT CODEのメンバー。

ライトが落ち、余韻だけが残る会場で、舞依は息を吸い込むことすら忘れていた。

「……あれが、LayerZeroの“答え”なんだ。」


そのとき――

琴音がふと観客席の方へ視線を送った。

暗がりの中で、その目は真っ直ぐ舞依を見つけ、目と目が交わった。

互いに言葉はなかったが、その瞳の奥には、次のステージで交差するであろう“宣戦布告に似た静かな火”が宿っていた。


舞依は、わずかに口元を引き締めて琴音と目を合わせる。

――焦りではない。

「琴音、グランドファイナルで待ってる。私たちは、まだ未完成。でも私たちの想いは必ず届けて見せる」


穂奈美が、ギターケースに手を置いたまま、ぽつり。

「すご……コードじゃなくて、人間が鳴ってた。」

だが、その声に迷いはなかった。

「でも、私のギターだって、想いを届けられた。次はもっと響かせる。」


香澄が、低音に共鳴するように腕を押さえながら。

「ベースが……音じゃなくて“記憶”になってた。」

その言葉の裏にあるのは、静かな闘志。

「じゃあ私は、“未来にへの想い”を届ける。」


彩が、ドラムを叩く手を無意識に握り締めていた。

「リズムで“踊らされた”……理央くん、やるじゃん。」

そして心の中で続ける。

「でも、私のビートはもっと自由に想いを届ける!」


「千紘さん……“迷い”を音にした。」

その分析の直後、萌絵の瞳には挑戦的な光が宿る。

「私は、迷いじゃなく“確かな想い”を届ける。」


LayerZeroとNEU TRICK、どちらがグランドファイナルに進出するかはまだわからない。

だがREJECT CODEの胸には、確信と揺るぎない自信があった。

「必ず、あのステージに上がってくる。」

「そして――私たちは、『想いを届ける』!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る