第32話:セミファイナル B組「NEU TRICK」
セミファイナルB組の演奏が始まろうとしていた。 先行は「NEU TRICK」。琴音たちの対戦相手だ。
「NEU TRICK」(福岡の電子系ロックバンド)
楽曲:『CTRL+PULSE』
特徴:デジタルビート・同期演出・機械美的なライブ構成
ボーカル兼プログラマー・天馬(てんま)が率いる、理性とロジックの音世界を追求するバンド。人工知能のような完璧な演奏・理論的世界
テーマ:感情を捨てた者たちの“感情
バンド構成
天馬(てんま)ボーカル / プログラミング担当
無表情な論理主義者で、過去に“感情的な演奏”を批判された経験から「感情排除の美学」を構築している。
蒼(あおい)シンセサイザー /シーケンサー担当
機械との親和性が高く、音に“光”を加える存在。音楽の原点は子供時代のオルゴールで、天馬の変化を密かに見守っている。
璃玖(りく)ギター/FX(エフェクト) 担当
ノイズやグリッチを駆使する実験家でを駆使する実験家で、「乱れ」に美を見出す感覚が天馬の哲学と時折衝突する。
渚(なぎさ)ドラム 担当
“感情不要”に忠実な静かな演奏者。密かに“踊ること”への憧れを持っている。
灯(あかり)VJ / 映像演出担当
演奏中にリアルタイムで映像を操作。空間演出のスペシャリスト。璃玖同様、演出方法で天馬との過去の衝突経験がある。
【控室 演奏30分前】
天馬はノートPCを睨み、同期ログを何度も確認していた。
「ノイズは……感情の跡っちゃ。」
その指先は、感情という“バグ”を排除するために止まらない。
蒼はLED照明の色温度を微調整しながら、鏡越しに自分の顔を見て呟く。
「……見られん自分は、消さないかんね。」
一方で璃玖はエフェクトボードのスライダーを往復させ、低く笑う。
「“あえて乱す”……それすら計算のうちっちゃろ。」
そして、本番用プリセットから一つだけグリッチを外し、未定義の乱れを仕込んだ。
渚は無言でスティックの角度だけを調整する。まるで人ではなく、機械装置のようだった。
灯は感情ノイズを消去するパッチを確認しながらも、心の奥では別の衝動が芽生えていた。
天馬が短く言う。
「今日は干渉なしで映すっちゃ。」
灯はその視線を避け、そっとコードに小さな解除を加える。
璃玖がふと口にする。
「……LayerZeroの一年、琴音っち言いよったっちゃね。“リフレインで感情ば超える”っち。」
灯は薄く笑った。
「感情ばIT言語で語る歌っちか。皮肉やね。“非人間的”ば求めよるくせに、一番人間らしかことば欲しがっとる。」
渚がリズムパッドを軽く叩き、低く呟く。
「LayerZeroの曲、同期エラーみたいやった。でも……嫌いじゃなか。」
蒼が渚を見る。
「渚、同期エラー、一番嫌っとったやん?」
渚は肩をすくめた。
「完璧ば、もう飽きたっちゃ。整いすぎた音は、ときに退屈になるけん。」
天馬は画面から目を離さずに言った。
「同期エラーは、感情の残りかすっちゃ。いらん。」
灯が視線を向けたまま問いかける。
「本気で、そう思いよると?」
天馬は答えない。
蒼が静かに言った。
「……今日は、照明の揺れ、ちぃーっとだけ残しても、よか?」
しかし、天馬は何も返さなかった。
【演奏10分前】
無言のままNEU TRICKの5人はステージ袖に向かう。
暗いバックヤードに、足音だけが反響する。
璃玖が誰に向けるでもなく呟く。
「……観客が呼びよるっちゃね。」
各自が立ち位置を確認する。その動きは、まるで感情を排除した装置のように整然としていた。
渚は指先の血流を意識しながら、心の中で思う。
「……鼓動が、邪魔っちゃね。」
蒼は天馬の頭上にLEDで「CTRL+PULSE」の文字を浮かばせる。
その色温度は、わずかに微熱を帯びていた。
そのとき、バックパネルに0.2秒だけ白いノイズが走った。
天馬が目を開き、低く呟く。
「……今の、何やったっちゃろ?」
誰も答えない。
【演奏開始】
天馬がラップトップのEnterを押す。
「感情ば捨てるだけじゃ足りん……忘れんと、意味なか。」
LEDに『CTRL+PULSE』の文字が現れる。その“PULSE”の部分だけが0.1秒だけ揺らいだ──蒼が仕込んだ小さな意図だった。
『CTRL+PULSE』
ジャンル:IDM(Intelligent Dance Music)×インダストリアルロック
【Intro】
洞結節がパルスを刻む
閉じた系は臨界点を越え
層流から乱流へ変化する血流
制御信号はまだ安定を装う
【Aメロ1】
圧受容器が閾値を超え
負のフィードバック回路が点火する
交感と副交感が干渉し
数式じゃ解けない波が走る
【Bメロ1】
静電容量を超えたニューロン
スパイク電位が連鎖しはじめる
揺れるベクトル 非線形振動
安定軌道を逸脱していく
【サビ1】
CTRL+PULSE
PIDじゃ補正できない
過剰なゲインがシステムを震わせる
「正常値」という壁を超え
未知の関数が動き出す
【Aメロ2】
VO₂maxを突き抜ける酸素需要
酸化還元反応が熱を生む
心拍出量は限界を破り
理論値はもう意味を持たない
【Bメロ2】
同期回路がわずかにずれ
発火タイミングに相位差が走る
それはエラーか、それとも進化か
答えはまだ数式にない
【ラスサビ】
CTRL+PULSE
医学も理学も知らない
このパルスは制御を拒む
感情という名のノイズが
システムの奥で確かに笑う
【ライブ構成】
第1セッション:無感情の支配
音と映像は完全に直線化され、均一なビートが会場を支配する。
天馬の歌声は揺れを持たず、まるでプログラムが発声しているかのようだった。
第2セッション:非同期の侵入
蒼のシンセにオルゴール音が混ざり、灯が心拍ノイズを映像に差し込む。
観客は気づかぬまま、渚のリズムと無意識に身体を同期させはじめていた。
「……踊りよるっちゃね。」渚の目が一瞬だけ揺れる。
最終セッション:制御の解除
CTRLキーが解除され、天馬がノートPCから手を離し、初めて肉声で歌う。
「感情という名のノイズが システムの奥に干渉する」
璃玖のギターが叫び、蒼の光が観客の顔を照らし、灯が過去の感情ログをスクリーンに映す。
渚のビートは、もはや“機械”ではなく“踊る衝動”を刻んでいた。
最後にスクリーンへ浮かぶ文字:
「CTRLは解除された。PULSEは、依然、発振中。」
誰も声を上げず、ただ立ち尽くしていた。
その静寂を破ったのは、ひとりの小さな拍手。
すぐには誰も続かない。しかし、その音は“理解”ではなく“共振”の証だった
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