白妙雪花咲姫 異邦戦記譚 〜「神は全知全能にしてただ一人」の異国の地で、失った信仰と神体とを取り戻す。そのためなら女勇者でもアイドルでも何だってやってやる 〜

天流貞明

第一章 宝剣の女神

第1話 亡霊憑きの宝剣





「……へえ。凄いな」


「どうです? ローウェンの旦那」

 


 昼下がりの武器屋。ズラリと並ぶ大小さまざまな剣、長柄物、戦斧、銃、魔法銃、魔法銃対応の薬莢。展示される厳つく物騒な品々を、春の陽はそれらを嫌うこともなく、等しく柔らかに包んでいる。

 そんな中、店のカウンター付近に展示された、一振りの宝剣。それが強烈に、青年の目を引いた。

 惚れ惚れするような見事なまでの姿に反して、 「掘り出し物」と銘打たれ、目を疑うほど格安の値がつけられている。



東那国トウナコクの骨董品だろ? どうしたのこれ」


「それがですねぇ。倉庫を片付けてたら出てきまして。悪くない品のはずなのに、手に取ってみたら、みんなして薄気味悪いって。質屋にもお客様にも買い手がつかなくて……」



 港町ダズルのギルド所属のハンター、ローウェンは、手に取った異国設えの宝剣をしげしげと観察する。


 鞘は加工された木材、白銀色の金属、散りばめられた宝石から成り、最低限売り物になる程度には汚れやホコリが除去されている。

 かなりの年代物に見えるが、鞘の装飾は輝きを失っていない。


 店主に確認し、鞘から抜剣してみる。


 刃がその姿を見せるにつれ、おお……という感嘆が思わず口からこぼれた。睨んだ通りだった。

 刃こぼれどころか、傷や錆一つない。神聖さすら感じさせるほど美しい切っ先は、まるで朝日が照らしだした雪原のよう白く眩しく、にじみ出す荘厳且つ高貴なオーラは、筆舌に尽くしがたい。ずっと眺めていられるくらいだ。


 全体的に太めで肉厚。両刃の片手剣だ。ブレードの長さはローウェンの手の先から肘くらい。それに、独特な形状をしている。


 本邦・センタグランド国の傭兵やギルド所属のハンターが好んで使用する機能性重視の無骨なものとも、東那国のスタンダードである、反った片刃の剣―—カタナとも違う。柄やグリップの装飾も含めて、何らかの祭祀・儀式用として飾られていたとしてもおかしくないデザインだ。


 

「これがたったの200エーネはいくら何でも、だろう。客にケチつけられた以外にも、何かあるんじゃないのか?」


「いやいや! 滅相も……」


「長い付き合いじゃん。隠し事は好かないなあ……」


「……へえ。実は」



 店主は、目を泳がせながら白状しだした。



「……こいつを店頭に出してから、妙な事が起こるようになりまして」


「妙な事?」


「ええ、ウチのカミさんが、『女が呟くような声が店内から聞こえる』だの、『いるはずのない女が店内に立ってた』だの……しまいには、浮気まで疑われる始末で……」



 うわ、とローウェンは思わず口に出した。

 怪談話に加え、妻にあらぬ疑いをかけられるとは。まさに泣きっ面に蜂、といったところだろう。



「そりゃあ……災難だったね」



 ふーん、と、特に気味悪がるわけでもなく、再び剣を眺めるローウェン。



「実際あっしも、同じような現象に遭遇しましてね。誤解が解けたら解けたで、気持ち悪いから今度は早く叩き売るか捨てて来いとがなり立てられましてェ……。そんで、捨てようにも、何だか呪われてしまいそうな気がしましてねェ……」



 バツが悪そうに笑う店主。


 確かに、この剣からは何か、「力」や「意思」のようなものを感じる。

 

 ローウェンに対し、何かを訴えてきているような、そんな感覚だ。例えば、妖刀・魔剣の類が「もっと斬らせろ」と疼くように。


 何かを訴え、求めている……。


 この感覚を薄気味悪いと言って、皆、忌避したのだろうか。



「……旦那、気味悪くないんですかい?」


「いやいや、気味の悪さよりも美しさのほうが勝るってこんなの」



 もしや亡霊に見初められ、取り憑かれたのでは。そう言わんばかりの視線で店主が見てくる。



「……そこまで惚れ込んだっていうなら、旦那。買っていただけるんでしょうね?」


「そりゃもちろん。曰く付きのアイテムなんざ、今更だし」



 チャリ、と小金の入った巾着袋を見せる。「へへ、毎度」と、調子よく揉み手で破顔する店主。厄介払いができて、心底嬉しいといった面持ちだ。



「東那の品、好きなんですかい?」


「まあね。風情、っていうのかな? あの独特の文化が好きなんだ。時勢が許せば、一度旅行にも行ってみたいと思ってるくらい」


「いま、何かとキナ臭いですからねえ、あの国。近々、どでかい内乱でも起こるんじゃないかって、もっぱらの噂ですよ」


「そのせいで今あそこ、許可なく大陸人は入国できないんだよね。こっちの戦争がやっと終わろうとしてるってのに。世界の平和ってのは、ままならないもんだよ」



 もっとも、間接的にを食い扶持にしてる、俺たちハンターが綺麗事を言えた義理じゃないんだけど。――と、ローウェンは自嘲した。



「じゃ、本題に入ろうか。注文したい品があるんだけど、いいかな」



 注文の品を書きだしたメモを差し出すと、店主との商談がはじまった。


 

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