青柳未来
△△△
高校の入学時。篠原瑠衣は、入学式から一週間以上が経過してから初めて登校した。昔から体が弱く、この時も体調を崩して休んでいたのだ。
初めて入る自分のクラスの教室。ドアを開けて入ると、そこには自分の知らない光景が広がっていた。
初めて会うクラスメイトたちがそれぞれグループを作り、和気あいあいと談笑をしている。誰も瑠衣の存在に気づかなかった。
瑠衣は教室の入り口で立ち尽くす。
頑張ってみんなに挨拶をしようと思って登校してきたはずなのに、一瞬で挫けてしまった。誰も自分のことになど興味ないのだ。
自分の座る席がわからず、近くの生徒に場所を尋ねた。それからは誰とも話さず自分の席に座り一人でじっとして過ごした。何人かがこちらのほうを見ながら友人たちとひそひそ話をしていた。
瑠衣が出遅れている間に、クラスの間では各々のグループが形成されてしまっていた。いや、きっと初日からいても自分はグループの輪に入ることはできなかっただろう。自信がなく、臆病で、クラスメイトに声をかける勇気すらない自分なのだから。
同じ部屋に大勢の生徒がいるはずなのに、瑠衣は独りきりの孤独を感じて過ごす日々が続いた。これから三年間こんな日々が続くかと思うと、気が滅入った。登校し続ける自信がなかった。ただ授業を受けて先生の話を聞いているだけならいい。だけど学校には、そうではない行事もたくさんある。
そんな時、より孤独感を感じてしまう。それに耐えられるだろうか?
ある日の昼休み。瑠衣はいつも通り自分の席で静かに一人で昼食を摂ろうとしていた。鞄からナフキンに包まれた弁当箱を取り出す。
弁当箱の蓋を開けて箸を持った。
「その玉子焼き美味しそうだね」
「えっ?」
突然声をかけられて瑠衣は固まった。
瑠衣の一つ前の席に、女子生徒が後ろを向いて図々しく座っている。椅子の背もたれに肘を置いて、大股開きの体勢だ。そこは彼女の席ではないはずだが。
瑠衣はすかさず記憶を探る。目の前にいるクラスメイトの名前は、青柳未来。明るくて、やや奔放で、女子からも男子からも人気がある。もちろん、自分がそんな人気者な彼女と言葉を交わしたことなんて一度もない。きっとこれからもないと思っていた。
「一つもらってもいい?」
「えっ?」
未来の問いかけに瑠衣は狼狽えた。一体何のことを言っているのだろう? 自分はなにか悪いことしただろうか? ああ、そうか。彼女は先ほど玉子焼きが美味しそうと言った。その玉子焼きを強請っているのか。話したこともない相手の玉子焼きをいきなり強請るなんて、どんな強者なのだ。
「えっと、欲しければどうぞ」
「やった。じゃああ~んしてくれる?」
「ええっ!?」
初対面の相手に、いきなり恋人同士がやるようなあ~んをしろと!?
「ちょっと、それは。恥ずかしいので自分で取ってください」
「なんだよ。つれないなあ」
未来は瑠衣の弁当箱から親指と人差し指で玉子焼きをつまんで、パクッと食べた。
あ~んを断ったことで、気を悪くさせてしまっただろうか。
しかし未来は咀嚼を繰り返した後、満面の笑みを浮かべて「美味しい」と言った。
「そうですか。それはよかったです」
「お母さんが作ってくれてるの? お弁当」
「はい、そうです」
目的を達したなら早くどこかへ行ってくれないだろうか。これじゃあ緊張して食べるどころではない。
「篠原瑠衣さん、だっけ?」
彼女が瑠衣の名を呼んだ。
「はい、そうです」
「じゃあ、瑠衣って呼んでいい?」
いきなり名前で呼ばれて、瑠衣は怯んだ。この人距離の縮め方が尋常じゃない。
「もちろん構いませんが」
「なんだか嫌そうな顔だね」
「いえ」
「私は青柳未来。みらいって書いて、みく。気取ってるでしょ」
「いえそんなことは」
「未来って呼んで」
「いえ、せめて未来さんと呼ばせていただきます」
「ずいぶんお堅いね。お弁当食べないの?」
あなたのせいで食べられないんだよ、とは言えなかった。
その後も未来は昼休みの間中、瑠衣の前の席に居座った。後ろにいる瑠衣のほうを向いて。とくになにかするわけでもなく。軽く言葉を交わしながら。
午後の授業の間中、瑠衣の頭の中は未来のことでいっぱいだった。彼女は何者なのだろう? 何の目的があって自分に近づいたのだろうか? いくらでも友達がいそうな彼女が、どうして自分なんかに。
授業が終わり、帰りのホームルームも終わった。瑠衣は帰り支度をする。
そこへ颯爽と近づいてくる影があった。
「瑠衣。このあと時間ある?」
未来だった。陽気な笑みを浮かべている。
彼女に付き合うと何されるかわかったものではない。緊張するから、瑠衣はもう帰りたかった。だけど結局こう言った。
「はい、一応」
「やった。じゃあ一緒にカフェに行かない?」
「カフェ、ですか?」
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