冷えたミルクティー

@pChron

私は神様です。

私は神様です。


本当はマイクやスピーカーがあれば良かったけれど、残念ながらそんなものはない。

私は、校庭の片隅にある用具室に閉じ込めた二人の親友に向けて、超越的な雰囲気(自分ではそう思っていた)で名乗った。


「おい真希だろこれ、なんのつもりだよ」


空気の読めない方の親友が言うので、「神様です」と訂正する。


「神様、これは何なんですか?」


空気の読める方は状況を受け入れた。


「○○しないと出られない部屋です」


二人のひんやりとした視線を扉越しに感じた。


「真希、悪ふざけはやめろよ」


「神様です」と訂正してから、役割を果たす。


「ライン引きの中に手紙を隠しておきましたので、書かれているミッションを遂行してください」

と、超越的な雰囲気(彼らはそうは思わなかったと後に聞いた)で語りかける。


「では、後は若いお二人だけで」


親友と言えど、これから起こる二人の大事なイベントを覗き見するのは気が進まない。

温かいミルクティーでも買ってくるか、と開かないように体重をかけていた扉から体を離した。


私の親友、浩介と加奈子。

浩介からの恋愛相談を聞くたび、私が気になると言った男子のことをペラペラ喋ったあの無神経さを思い出し、胸がチクッと痛む。

加奈子は「浩介ってどんな女の子が好きかな?」と相談しながら、私の恋バナは「付き合ったことないから分かんない」とスルー。

私だって付き合ったことなんかねーよ。


私の脳みそ、二人の恋バナラッシュでLINEの通知3桁みたいにバグってる。

「お前ら、まだそれやってんの?」と、心の中で悪態をつくくらいは許されるだろう。


さっさと告白してしまえ。

そして私は神様を名乗ることにした。


温かい、というより熱いミルクティーの缶を、カーディガンの袖越しに両手で抱えて、自販機の近くにあるベンチに腰を下ろす。


――“お互いに嘘をひとつずつ吐くこと。最後に本当のことを言いましょう”

なんて小賢しい指示を考えたのは私だ。浩介はぶつくさ文句を言いながらも、加奈子がやると言えば従うだろう。


触れないほど熱かったミルクティーが丁度いい温かさになったころ、「そろそろいいか」と、用具室へ戻る。


返事を待たないのは私の悪癖だ。よく弟にも叱られる。

「終わったー?」私は声をかけながら用具室の扉を開ける。


「ま、真希ちゃん……!」


何を慌てているのだ。ふと気づく。

加奈子の額に汗で張り付く髪の毛、浩介のシャツの裾の乱れ、そして弟の部屋に突入したときと同じような、あの妙な匂い。


「はっや」、思わず言ってしまった。

浩介の若干傷ついたような表情に、「そういう意味じゃねーよ」と言いかけてやめた。

シャツの裾を直せ馬鹿。


なぜだろう。

なんだかこれは思っていたのとは違うぞ?となっている。

夜通し流星群を待って、やっと見えたのが飛行機の点滅灯だったみたいな。


「鍵、閉めて返さなきゃだからさっさと出て出て!」


二人を追い出して先に下校させ、私は職員室に鍵を返しに行く。足取りは意外なほどに重くなっていた。


帰り道、すっかり冷たくなったミルクティーを持て余し、プルタブに指をかけ、やはりやめた。


スマホが鳴動する。

LINEが来ていた、わざわざ二人の連名で、「神様ありがとう」と。

「ミルクティー奢れよ」と返した。


あるはずもない流星群を探して空を見上げると、雲の切れ間に飛行機の点滅灯が光り、雲に呑まれて消えた。


私の神様は、いつまでたっても現れない。


手の中の缶はすっかり冷えていて、もう何の温もりもなかった。

それでも、なぜか捨てられなくて。

指先でプルタブを撫でながら、ふと思う。


——ああ神様、今すぐこのミルクティーを温めてよ。


もちろん、返事なんてあるわけもない。

それでも、誰かに願いたくなる夜ってある。


缶を握りしめ、私はゆっくりと立ち上がる。

いいさ、ミルクティーくらい、自分で温めてやる。


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