閉じられた頁の隙間
sui
閉じられた頁の隙間
その図書館には、誰も入らない東棟があった。昔は子どもたちのための読書室だったらしいが、今では棚も歪み、時計も止まり、窓は曇っている。
レイは人と話すのが苦手だった。声をかけようとすると言葉が喉に引っかかり、誰もいない場所ばかり選んで過ごすようになった。だからこの東棟は、彼にとってちょうどよかった。
ある日、ふと床に落ちていた一冊の本を見つけた。表紙も背表紙もすり減って、題名すら読めない。けれど、指先に触れたとき、本がかすかに脈打った気がした。
そっと開くと、ページの隙間から白い光がこぼれた。そこには、見たことのない街の絵、名前のない人々の詩、そして最後のページには、手書きの文字がひとことだけ書かれていた。
「あなたを待っていました。」
レイの胸の奥がふるえた。それは、自分が誰にも必要とされていないと思っていた気持ちを、そっと抱きしめてくれるような言葉だった。
彼はそれから毎日、東棟に通った。あの本は、開くたびに違う物語を見せてくれた。どれも自分の孤独に少し似ていて、けれど最後にはかならず、小さな灯がともっていた。
誰かがそこにいて、誰かがページをめくるのを待っていてくれる——それだけで、世界は少し変わって見えた。
そして気づけば、レイは自分でもノートに言葉を綴り始めていた。誰かがいつか、それを開いてくれることを願って。
閉じられた頁の隙間 sui @uni003
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