フル十夜

仲原鬱間

第一夜

第一夜


 こんな夢を見た。

 発熱の特効薬として古い書物に記された呪文と、高熱をもたらすとされる毒蜘蛛の毒を抜くためのダンスがあった。

 解熱の呪文と解毒の舞踏。どちらが強いかという話になり、とある番組の企画で検証してみることになった。

 解説:さて神秘の呪文『アブラカタブラ』対高速舞曲『タランテラ』世紀の一戦の被験者として選ばれたのは赤コーナー薩摩隼人「タランチュラば見たら噛まれる前にチェストじゃ」すごい意気込みだこの番組は株式会社アイオーンの提供でお送りしております社長アブラクサスは雄鶏の頭に人間の体足はヘビ社長の勇姿が刻まれた幸運のお守りは画面下の電話番号からさてアバダケダブラもといアブラカタブラと毒蜘蛛ダンスはどちらが強いのか薩摩隼人今朝の体温は三十八度五分インフルエンザA型医師のお墨付き(診断書有)ここで青コーナータランチュラ登場『タランテラ』が示す毒蜘蛛の種類がわからなかったためなるべく強い毒性を持つとされているタランチュラが呼ばれております学名Poecilotheria regalisコモンネームはインディアンオーナメンタル白と黒のモノトーンボディが魅力の敦子(♀・十二歳)四時間毛繕いをして準備万端ですああっと薩摩隼人やる気だ猿叫だ敦子も前足を上げて威嚇の姿勢黄色い警告色が見えている火蓋が切られる前から両者熱い火花を散らすこの勝負一体どちらに軍配が上がるかついにゴングです決戦開始まずは敦子に一噛みしてほしいところ検証が始まりませんああここで敦子果敢に攻め込む八本の長い脚を操り巧みなステップで薩摩隼人を翻弄コーナーポストから背中に飛び移る薩摩隼人の背中には逆三角形のタトゥーいや油性ペンで書いているのか何だあれはABRACADABRA……ABRACADABR……ABRACADAB……最後にA……あっあれが正しいアブラカタブラの使い方だそうです十一行目に文字が消えるように熱も消えるだろうとのことなるほどここで判明した秘密の呪文の正しい使用法まるで怨霊を退ける耳なし芳一敦子もどこから噛めばいいか困惑しているようだおおっと大変だ薩摩隼人足元がふらついているやはりインフルエンザA型は強すぎたか敦子は変わらず背中をうろちょろしております薩摩隼人朦朧としているのか何か唱えております呪文でしょうか「アブラ、マシ、マシ……」二郎系のようです私はもう胃が耐えられませんあ〜っと薩摩隼人ダウンダウンダウン二郎系ラーメンの幻覚は重すぎたかレフェリーがカウントを開始します「九」……「八」……おっと敦子何をしようとしているのか「七」敦子「六」敦……「五」ああ〜っと噛んだ噛んだ敦子が噛んだ薩摩隼人頭を齧られております「きえぇ〜っ……」弱すぎる猿叫ッですがこれでようやく検証開始となりますアブラカタブラ対タランテラ踊り明かそうサンバビバサンバさあ立ち上がれ薩摩隼人は依然頭を噛まれている敦子放さない薩摩隼人噛まれている敦子放さないッ敦子放さないッッッレフェリーストップが入るゥッッッここで一旦CMです……


 あの後、薩摩隼人と敦子の対決がどうなったのか私に知る術はない。

 ただ、目が覚めると三十八度五分あった熱は三十六度六分まで下がっていた。

 薬が効いたのかもしれないし、夢に出てきた呪文も、もしかすると少しは効果があったのかもしれない。

 スマホを見ると、母からのメッセージが届いていた。『元気にしちょっとや?』

 まあ、熱も下がったし、今はそこそこ元気だ。スタンプで適当に返事をする。

 久しぶりに身体を起こし、経口補水液を飲んだ。変な汗もかいたことだし、シャワーでも浴びようか。

 棚の上に置かれた水槽の中で、敦子は、最後に見た時と同じように、長い脚を器用に動かして毛繕いをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フル十夜 仲原鬱間 @everyday_genki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ