第4話:エミール(3)

 一週間後に帝国の建国記念を祝して建国祭が三日間催される。

 どの町でも、国旗を掲げ、窓から花を散らし朝から晩まで音楽を流す。最後は首都の記念館までパレ―ドを催し、花火を打ち上げ、国歌を歌う。

 エミールは建国祭が苦手だった。

 建国を記念するとはつまり、侵略された国の終焉をも意味し、公開処刑をたのしみ猟奇的な市民だと、エミールはエミールらしいひねくれた理由で、祭の間は一人で博物館の書斎に閉じこもっていた。

 エミールは歴史を愛し、そして憎んでいた。

 消されてしまった歴史を探す度に後世の人間の自己的な理由で、排除したことにエミールは隠しきれない憤りの言葉を口にした。

「帝国は自国の正当性を図るため、かつてその地にあった偉人たちの名を全て抹消してしまった。文化を焼き尽くし、遺物もほとんど残っていません。とくにフェーリーン大陸で最も広大で長く治政を保ったグラン・シャル王国と、その一族を、悉く、抹消してしまった。帝国の身分の平等性を掲げる『平等論』の思想にとって、王族を神の子として崇めるグラシアール教はあまりにも危険だったんでしょう。焚書と遺跡の徹底的な排除をしてまで。ねえ、オスカー。私がここまで研究にのめり込むのは理由があるんですよ。何故だかわかりますか?」

 幾度となく問われた質問に、オスカーは答えた。

「誤った歴史に復讐するため」

 優しいエミールの中に潜む、この強い意志がオスカーは怖かった。初めて聞いた時、「復讐」なんてエミールの口から出てくることがこんなにも恐ろしいとは思わなかったのだ。

――お前たちは歴史の抹消に失敗した。私たちは生きている、と。

「だから、シリウスは狂王じゃないって、エミールはそう思って研究しているの?」

 オスカーは書き取りのノートを閉じて、エミールの手伝いをした。オスカーは棚にある本の並びを正確に覚えていて、机に溜まった本を本棚の梯子に上りながらも無駄なく片付けていった。

「きっと私は証明したいんでしょうね。かつての私の家族が高潔であったと、決して民を虐げるような暗君ではなかったと」

 エミールは天井を指さした。

「冬の夜空に最も強く輝く青白い星、それがシリウス。恒星の中で最も明るい星で、それが女王の名前になったのか、それとも女王の名が星につけられたのか、それすら分かっていない。それも、女王だと分かったのは三十年前、本当に最近のことなんです」

「……………」

七星卿カヴァイエ―ルを女王が登用した理由も、何歳まで生きたのか、すらも。彼女の生きた時代より以前はまるで盗まれたかのように何もないんですよ。分かっている遺跡すらも少ない。彼女の後継者であるミドラス王は名君として名高いことすら、他国の文献で明らかになった程度です」

 子孫であるはずの僕らですら知らない。

 千年前の僕らの祖先がどのような思いで王国を守り、生きてきたのか。

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