(2)かほの追憶、翔太との再会

 大学3年生のときに父がたおれた。なんとかやりくりして大学卒業までこぎつけた。卒業するとき同級生の恋人から就職先に一緒に来てくれないか、って誘われたけれど、療養中の父親のことを考えると、どうしても一緒にいくことはできなかった。それでも、そのうち彼がまたわたしのところに帰ってきてくれるような気がしていた。


 卒業後、就職はしたものの奨学金返済が負担になり、やむなく夜の業界にデビューした。一生懸命お金を貯め、その金額が借りた総額を超えた頃、奨学金の残額を一括返済した。それを機に夜の業界を卒業した。


 それなのに、感染症の感染拡大でわたしは暮らしを支える仕事そのものを失った。また夜の業界に逆戻りする以外、選択肢はなかった。すでに奨学金の返済を終え、自分の暮らしが成り立てばよかったからなのか、それとも業界の水になじんだからなのか、戻ってきた業界はどこかなつかしく感じられた。


 でも、それは戻ってきた直後だけ。未経験だった業界デビュー直後とちがい、わたしに求められたのは経験者としての仕事だった。「エース」と持ち上げられ、馬車馬のごとくこき使われる。疲労困憊ひろうこんぱいするなか、数少ない心のいやしは、親しげに話しかけてくる新人みきとのなにげない会話だった。あのみきは今、どこで何をしているのだろう。


 そうそう、業界に戻ってきたとき、また「かほ」を名乗ることにした。以前と同じ名前を名乗ることで、彼がわたしのところに帰ってきてくれるような気がした。彼が知るわたしの名前は「かほ」ではないのに・・・。そんな思い出にひたっていると指名が入った。


 扉が開くとそこにはかほがいた。ぼくは全身の鼓動が高鳴るのを感じた。ぼくがこの店に来たのは、店の広告をみたからである。その広告は、このクラスの美女がおもてなしします、というキャッチコピーとともに、かほの写真が掲載されていた。ぼくが指名した頃はまだまだかわいらしかったかほも、今の雰囲気は凛としたたたずまいの大人の女性である。あのころ十分に伝えることができなかったお礼の言葉と、ぼくもあの頃にくらべるとちょっとは成長したことを伝えたかった。でも、指名拒否されないだろうか。


 翔太の肌とわたしの肌がふれた時、わたしの身体からだにはその感触が記憶に刻まれていることに気づいた。どこか懐かしい感じがする感触だった。翔太のやさしい指づかいも緊張がときほぐれるやすらぎを感じた。


 翔太が帰るまでの残り時間でいろいろな話をした。翔太は、かほと出会ったおかげで女性と会話するコンプレックがなくった、と笑っていたけれど、わたしには信じられなかった。あのころから翔太の話はおもしろかった。普段はできるだけ表情を変えないようにしているわたしなのに、何度もふき出しそうになった。あの頃のわたしも、もっと素直に笑っておけばよかったのかな。ふとそんな思いがよぎった。


 ふたりの思い出話がつきる頃、かほは、昔はさわられるのきらいだったのよ、といって笑った。ぼくは、今はどうなの?と聞こうと思ったけれど、聞くことができなかった。今でも嫌い、という返事が返ってくることがこわかった。


 帰り際、思わぬ名前を聞いた。ぼくは以前、かほに勤務先の会社名を教えたことがある。かほもよく覚えていたものだけど、同じ会社の従業員がこの店の面接に来たそうだ。履歴書には出身大学と勤務先会社名がバカ正直に書いてあったそうだ。その話にはぼくも苦笑いした。そして、その従業員の名前を聞いて腰を抜かしそうになった。結香だった。

(つづく)


(第4章「作品解説」)

https://kakuyomu.jp/works/16818622175437139934/episodes/16818622175641703646(CatGPTって、なに?)

https://kakuyomu.jp/works/16818622175437139934/episodes/16818622175437190031

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