第1話 元妻の話を聞いてください

〈僕〉

はじめまして、僕の元妻の話を聞いてください。


〈Gemi〉

はじめまして。

もちろんです。元妻の方について、どのようなことをお聞きになりたいですか?


例えば、以下のような内容についてお話できます。


元妻の方との出会い、結婚、離婚の経緯

元妻の方の性格、趣味、特技

元妻の方との間に子供がいる場合、子供のこと

元妻の方との離婚原因、現在の関係

元妻の方に関する現在の情報

もちろん、プライベートなことなので、話せる範囲で結構です。


また、元妻の方について話すことで、何か悩みや問題を抱えている場合は、遠慮なくお話しください。


可能な限り、あなたの気持ちに寄り添い、サポートさせていただきます。



〈僕〉

僕等は18歳で出会いました。大学の同級生です。

田舎から出てきた僕にできた最初の彼女です。仲間達に囲まれ、青春を共に過ごしました。沢山の初めてを彼女と一緒に経験し、2人で大人になってきたと思っています。


25歳で結婚し、2人の息子にも恵まれました。

幸せだったはずでした。


それなのに、出会いから27年、僕等は一番近くにいるのに分かり合えなくなってしまいました。


〈Gemi〉

27年という長い時間を共に過ごされたのですね。初めての彼女、大学時代の青春、結婚、そしてお子さんたちの誕生。たくさんの喜びや思い出を分かち合ってきたお二人が、今、分かり合えなくなってしまったとのこと、胸が締め付けられる思いです。


一番近くにいるはずなのに、心が通じなくなってしまうというのは、とても辛い状況だと思います。


元奥さまはどの様な方でしたか?

どのようなことで分かり合えなくなってしまったと感じていらっしゃるのでしょうか?

もし話せる範囲で構いませんので、少しでもお聞かせいただけると、何か一緒に考えられるかもしれません。


〈僕〉

彼女はおおらかで、ひとを選ばず誰とでも打ち解けることができる人です。

18歳の時、サークルに顔を出したものの中々馴染めない僕に、いつも笑顔で話しかけてくれました。

そんな彼女に次第に惹かれていきました。


〈Gemi〉

彼女の飾らないおおらかさと、誰にでも分け隔てなく接する温かさが目に浮かびます。

18歳の頃、新しい環境に飛び込んだものの、なかなか馴染めずにいたあなたにとって、彼女の笑顔はきっと希望の光のように感じられたのでしょうね。

いつも笑顔で話しかけてくれる彼女の優しさに触れるうちに、惹かれていくのは自然な流れだったと思います。


〈僕〉

18歳の冬、僕は彼女にアプローチをして、一度は

「友達のままのほうが良いよ」

と振られながらも、半年後には付き合う事ができました。

最初は僕からだった恋愛ですが、恋人同士になってからは愛情表現がストレートな彼女のおかげで、愛されている実感を常に感じることが出来ました。


「月下君」

付き合う前は僕の苗字を君付けで呼んでいた彼女が、

「『つき君』って呼んでもいい?」

と言った時の嬉しさ。


僕が少し欲張って

「彼女なら、下の名前で呼んだら?」

と促すも

「もぉ。欲しがりやさんだなぁ。それはまだ先のお楽しみです。つき君がいい。」

とかわされ…。

結局、『パパ』になるまで、僕は『つき君』でした。


(お楽しみもらえるの。いつだよ)



〈Gemi〉

一度は振られても、半年後に想いが通じたのですね。諦めずに気持ちを伝え続けたあなたの情熱と、最終的にそれを受け止めてくれた彼女の優しさが伝わってきます。

恋人同士になってからの、彼女のストレートな愛情表現は、あなたにとって何よりも心強く、幸せだったでしょうね。「愛されている実感」を常に感じられる関係性は、本当にかけがえのないものです。


「月下君」から「つき君」への変化は、彼女の中であなたとの距離が近づいた証であり、特別な感情が芽生えた瞬間だったのでしょう。その時のあなたの喜びが、ひしひしと伝わってきます。

下の名前で呼んでほしいという、少し照れくさいお願いに対する彼女の可愛らしい返しも、二人の親密なやり取りが目に浮かぶようです。

「それはまだ先のお楽しみです。」という言葉には、あなたを大切に想う気持ちと、じっくりと関係を育んでいきたいという彼女の慎重さが感じられますね。


結局「パパ」になるまで「つき君」だったというのは、お二人にとって、甘く特別な呼び名だったのでしょう。「(お楽しみもらえるの。いつだよ)」という心の声からは、当時のあなたのドキドキした気持ちが伝わってきて、微笑ましいです。彼女との、ゆっくりと育まれた愛情の深さが感じられるエピソードですね。


〈僕〉

結婚した時、一緒に婚姻届を区役所へ出しに行きました。時間外で役所の暗い裏口から入り、守衛さんが預かってくれました。

話好きのおっちゃんで

「嬉しいなあ。めでたいから、上がれ上がれ」

と当直室に招き入れられ、おっちゃんの若い頃の馴れ初めを聞かされました。


愛想よく元妻が相槌を打つので、気持ちよくなったおっちゃんの話は中々終わりませんでした。

「しかし奥さん、素敵な名前になるなぁ。『月下なみ』なみが『波』だったら、絵に描けそうだなぁ」

満足そうに笑うおっちゃんに

「そろそろ僕等は…」

と切り出し、区役所を後にしました。


彼女の名は平仮名で『なみ』


ぼくが「なみちゃん」からはじめて「なみ」と呼んだ日。

「自分の名前をこんなにも愛おしいと思ったのは初めて。つき君が呼んでくれる度に、私は自分の名前がどんどん好きになる気がするよ」

と少し恥ずかしそうに笑った19歳の彼女の笑顔。


そして苗字が僕と揃ったあの日、区役所からの帰り道

「『月下なみ』かぁ『月の下の波』絵に描いたらぁ…。私って、ラッセンみたいじゃない?」

僕等は顔を見合わせ二人でケラケラ笑い合った。25歳の彼女の笑顔。


どちらも大切に思っていたはずでした。


〈Gemi〉

結婚された時のエピソード、なんだかほのぼのとしていて、お二人の人柄が伝わってきますね。時間外の区役所の裏口、話好きの守衛さんとの出会い。まさか婚姻届を出しに行った日に、そんな温かい歓迎を受けるとは想像もしていなかったでしょうね。

守衛のおっちゃんの昔の馴れ初め話に、愛想よく相槌を打つ元妻の姿が目に浮かびます。きっと、誰に対しても分け隔てなく接する彼女の優しさが、そこにも表れていたのでしょう。

「月下なみ、波だったら絵に描けそうだなぁ」というおっちゃんの言葉は、少しユーモラスでありながら、新しい門出を祝う温かい気持ちが込められていたように感じます。


そして、彼女の名前。「なみ」という平仮名の響きが、彼女の穏やかで優しい雰囲気にぴったりですね。あなたが初めて「なみ」と呼んだ日の、彼女の少し照れたような笑顔と、「自分の名前がどんどん好きになる」という言葉は、純粋で真っ直ぐな愛情を感じさせます。


苗字が「月下」で揃った日。「月下なみ」という響きから連想されるイメージを、ラッセンの絵に例えて二人で笑い合う。そんな何気ない日常の中に、お二人の飾らない幸せな時間があったことが伝わってきます。25歳の彼女の笑顔もまた、人生を共に歩む喜びと希望に満ちていたのでしょう。


どちらの笑顔も、あなたにとって本当に大切で、忘れられないものなのですね。



(そうです。今でも大切な忘れられない笑顔です。

僕等は何の混じり気もなく、幸せだった。この先も二人が別々になる未来なんか想像もできないくらい。)

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