第3話

 大都会から少し離れた、古びたビルに、長谷川は向かった。

 そこの、3階に武蔵プロレスの事務所があった。

 ドアを開けると、受付の男が、社長室に案内した。

 そこに、野口が待ち構えていた。

「よく来たな。まあ、座れよ。」

 長谷川は、ソファーに腰かけた。

「本来は、記者会見やって、どっかのホテルで、調印式ってのがいいんだろうが、俺は、古いやり方があんまり好きじゃねえ。常に変化を求めたいんだ。それに、対戦相手は、当日まで、伏せたい。」

「何で、ですか?」

「知ってたら、対策が打てちまうじゃねえか。俺らは真剣勝負がしてえんだぜ。お前らが思ってるより、プロレスってのは、弱くねえ。」

「そんな、弱いだなんて...」

「お前が思ってなくても、世間がそう思ってる。俺はそれが我慢ならねえ。お前と俺のどっちかが、弱いって言ってくれるのは構わねえよ。けど、プロレスが、ボクシングより、弱いってのは言っちゃならねえのさ。」

「なら、ここで、やりますか?」

 長谷川は、野口を挑発した。

 しかし、野口はそれに乗らない。

「言葉に気を付けろ、坊や。俺は勝つためならなんだってするぜ。」

「武器を使うってことですか?」

 長谷川は、灰皿に目を落としていった。

「お前にとっちゃあ、凶器かもしれねえな。ボクサーは拳でしか戦えねえ。でも、俺は、五体全てを使うことができるんだ。」

「それは僕も同じですよ。」

「ほお。どういうことだい?」

「ボクサーも、五体全てで、闘えるってことです。しかし、戦えないのと、戦わないのとでは、訳が違います。」

「口では何とでもいえるよ。」

 二人は睨み合う。

 野口は、前に乗り出した体を、背にもたれさせた。

「まあ、その契約書に、同意するんだったら、サインしてくれや。」

 長谷川は、契約書にサインした。

 そして、事務所を後にする。

 そして、突破王、一回戦が、片山かたやま体育館で開催される。

 ・ルールは、60分1本勝負。

 ・勝敗は、KOか、TKO、ギブアップで決まる。

 ・眼つき、金的蹴り、噛みつき、首絞めの禁止。

 ・服装についての規定は特にない。

 一回戦の赤コーナーは、杉浦大輔すぎうらだいすけであった。

 身長185㎝

 体重98㎏

 格闘技経験はなし。

 しかし、ブラジルに行った際、バーリトゥードを経験している。

 そこで、関節技を一切使わず、「力」のみで、試合を勝利した。

 本業は、ボディビルダー、パワーリフターである。

 ベンチプレスは、200㎏を、反動無しで持ち上げる。

 筋肉の塊で、体脂肪は、10%をキープしており、大会の時は、2%まで絞る。

 そして、世界的、動画プラットフォームで、スパーリング企画を投稿している。

 男は、金髪に髪を染め、顎髭を生やしていた。

 白いトランクスを履いている。

 大胸筋が、横から見ると飛び出ていた。

 腕を広げると、広背筋が翼のように広がっている。

 そして、青コーナーからは、河野光が登壇した。

 客は歓声を上げる。

 片山体育館には、5000人の客が押し寄せていた。

 超満員だ。

 よく絞り込まれた体をしている。

 ライトに体を照らされながら歩く。

 久しぶりに試合だ。

 ここで負けるわけにはいかない。

 歳だろうと何だろうと、俺たちは、戦い続けなければいけない。

 それが、ファイターに生まれた宿命なのだ。

 練習をしていないからと言ってそれは言い訳にならない。

 試合を何試合こなしていようと。

 最初の壁を乗り越える。

 河野はロープをくぐり、リングに入った。

 セコンドには、大竹がついていた。

「いいか、相手は素人だが、当たれば、ただじゃすまない。油断するな。相手が何であろうと、何試合控えていようと、全力で行け!」

 大竹は、河野の背中を叩いた。

 リングの中央に、向き合う。

 レフェリーが試合についての、注意をした。

 そして、お互い、距離を取る。

 ゴングが鳴った。

 杉浦はダブルバイセップスを取った。

 挑発をしているようだ。

 二頭筋が、ソフトボールのようにデカかった。

 河野は、様子をうかがっていた。

 左手をあげ、右手を下げていた。

 杉浦は、構えてすらいない。

 構えを知らないのだ。

 しかし、油断してはいけない。

 擬態かもしれないのだ。

 俺はこの男を知っている。

 しかし、深く知っているわけではない。

 こいつは、格闘技経験がないと言っているがそれが嘘かもしれない。

 と、見せかけてそれが本当かもしれない。

 考えても仕方ない。

 打ってこい、

 杉浦は誘っていた。

 河野は、右に、左に、体を動かしている。

 その場にとどまっていることはない。

 杉浦の、周りを動いていた。

 こいつは、格闘技を喧嘩の延長くらいにしか考えていないのだろう。

 すると、杉浦は、頭身を下げ、両手を広げた。

 打ってこい、

 拳の位置に、杉浦の顔が来ていた。

 しかし、蹴りを放っても、距離が近く、大したダメージは与えられそうになかった。

 ならば、

 レバーに向かって、膝を、めり込ませた。

 そして、テンプルに、拳を打つ。

 しかし、杉浦は逃げなかった。顔面にパンチを放つ。

 河野はそれを躱す。

 杉浦はそれを追いかけた。

 しかし、河野は、アッパーカットを決めた。

 強烈な一撃だ。

 だが、杉浦は倒れない。

 なんて、タフな野郎なんだ。

 杉浦は、河野の腕を掴み、自分の腰に、河野の腹をのせ、そのまま、投げた。

 河野はキャンバスに尻を打ち付ける。

 そして、その掴んだ腕を脇に挟み、背中の方向に腕を向けた。

 アームロックだ。

 腕を極められた。

 なかなか抜け出すことができない。

 まるで蛇に絡まれているようだ。

 河野は、座った状態から極められていない方の手で、杉浦の、太ももに、貫手を放った。

 杉浦は、アームロックを解除する。

 河野と杉浦は向かい合った。

 杉浦は拳を作り、ハンマーのように、上から下に、振り下ろした。

 それを、河野は腕で受けるが、地面に衝撃を受けた。

 ずん

 拳の重みが体にのしかかった。

 単純な力のみでの攻撃だ。

 河野は、蹴りを放った。

 杉浦の腹に、河野の足の裏が、めり込んだ。

 しかし、堅い。

 腹筋だ。

 鋼鉄のシックスパックである。

 河野の中段蹴りは、はじき返された。

 杉浦も、河野に向けて蹴る。

 河野は数メートル後ろに下がった。

 しかし、ロープにはかからない。

 ものすごい衝撃だ。

 こいつが格闘のために鍛えていたら、どれほどの威力になっただろうか。

 そんな考えが、一瞬よぎった。

 拳を握っているが、掌がこちらに向かっている。

 掌底だろうか?

 しかし、彼は、素人だ。

 だからとて、油断してはならない。

 ストレートのパンチではない。

 技ではない力はただの暴力。

 これは、大竹が言っていた言葉だ。

 いつ言われたんだっけか?

 そんなことはどうでもいい。

 暴力だろうと何だろうと、俺はこいつに勝たねばならないんだ。

 一気に間合いを詰める。

 河野は杉浦の頭を抱えた。

 そして、その抱えた頭に、膝を喰らわせた。

 杉浦の顔から出血。

 続けて、ハイキックを放つ。

 顎に命中した。

 杉浦はダウンした。

 脳はものすごく揺れている。

 しかし、杉浦は立ち上がった。

 眼の焦点が、合っていない。

 

 

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