第3話
1
大都会から少し離れた、古びたビルに、長谷川は向かった。
そこの、3階に武蔵プロレスの事務所があった。
ドアを開けると、受付の男が、社長室に案内した。
そこに、野口が待ち構えていた。
「よく来たな。まあ、座れよ。」
長谷川は、ソファーに腰かけた。
「本来は、記者会見やって、どっかのホテルで、調印式ってのがいいんだろうが、俺は、古いやり方があんまり好きじゃねえ。常に変化を求めたいんだ。それに、対戦相手は、当日まで、伏せたい。」
「何で、ですか?」
「知ってたら、対策が打てちまうじゃねえか。俺らは真剣勝負がしてえんだぜ。お前らが思ってるより、プロレスってのは、弱くねえ。」
「そんな、弱いだなんて...」
「お前が思ってなくても、世間がそう思ってる。俺はそれが我慢ならねえ。お前と俺のどっちかが、弱いって言ってくれるのは構わねえよ。けど、プロレスが、ボクシングより、弱いってのは言っちゃならねえのさ。」
「なら、ここで、やりますか?」
長谷川は、野口を挑発した。
しかし、野口はそれに乗らない。
「言葉に気を付けろ、坊や。俺は勝つためならなんだってするぜ。」
「武器を使うってことですか?」
長谷川は、灰皿に目を落としていった。
「お前にとっちゃあ、凶器かもしれねえな。ボクサーは拳でしか戦えねえ。でも、俺は、五体全てを使うことができるんだ。」
「それは僕も同じですよ。」
「ほお。どういうことだい?」
「ボクサーも、五体全てで、闘えるってことです。しかし、戦えないのと、戦わないのとでは、訳が違います。」
「口では何とでもいえるよ。」
二人は睨み合う。
野口は、前に乗り出した体を、背にもたれさせた。
「まあ、その契約書に、同意するんだったら、サインしてくれや。」
長谷川は、契約書にサインした。
そして、事務所を後にする。
2
そして、突破王、一回戦が、
・ルールは、60分1本勝負。
・勝敗は、KOか、TKO、ギブアップで決まる。
・眼つき、金的蹴り、噛みつき、首絞めの禁止。
・服装についての規定は特にない。
一回戦の赤コーナーは、
身長185㎝
体重98㎏
格闘技経験はなし。
しかし、ブラジルに行った際、バーリトゥードを経験している。
そこで、関節技を一切使わず、「力」のみで、試合を勝利した。
本業は、ボディビルダー、パワーリフターである。
ベンチプレスは、200㎏を、反動無しで持ち上げる。
筋肉の塊で、体脂肪は、10%をキープしており、大会の時は、2%まで絞る。
そして、世界的、動画プラットフォームで、スパーリング企画を投稿している。
男は、金髪に髪を染め、顎髭を生やしていた。
白いトランクスを履いている。
大胸筋が、横から見ると飛び出ていた。
腕を広げると、広背筋が翼のように広がっている。
そして、青コーナーからは、河野光が登壇した。
客は歓声を上げる。
片山体育館には、5000人の客が押し寄せていた。
超満員だ。
よく絞り込まれた体をしている。
ライトに体を照らされながら歩く。
久しぶりに試合だ。
ここで負けるわけにはいかない。
歳だろうと何だろうと、俺たちは、戦い続けなければいけない。
それが、ファイターに生まれた宿命なのだ。
練習をしていないからと言ってそれは言い訳にならない。
試合を何試合こなしていようと。
最初の壁を乗り越える。
河野はロープをくぐり、リングに入った。
セコンドには、大竹がついていた。
「いいか、相手は素人だが、当たれば、ただじゃすまない。油断するな。相手が何であろうと、何試合控えていようと、全力で行け!」
大竹は、河野の背中を叩いた。
リングの中央に、向き合う。
レフェリーが試合についての、注意をした。
そして、お互い、距離を取る。
ゴングが鳴った。
杉浦はダブルバイセップスを取った。
挑発をしているようだ。
二頭筋が、ソフトボールのようにデカかった。
河野は、様子をうかがっていた。
左手をあげ、右手を下げていた。
杉浦は、構えてすらいない。
構えを知らないのだ。
しかし、油断してはいけない。
擬態かもしれないのだ。
俺はこの男を知っている。
しかし、深く知っているわけではない。
こいつは、格闘技経験がないと言っているがそれが嘘かもしれない。
と、見せかけてそれが本当かもしれない。
考えても仕方ない。
打ってこい、
杉浦は誘っていた。
河野は、右に、左に、体を動かしている。
その場にとどまっていることはない。
杉浦の、周りを動いていた。
こいつは、格闘技を喧嘩の延長くらいにしか考えていないのだろう。
すると、杉浦は、頭身を下げ、両手を広げた。
打ってこい、
拳の位置に、杉浦の顔が来ていた。
しかし、蹴りを放っても、距離が近く、大したダメージは与えられそうになかった。
ならば、
レバーに向かって、膝を、めり込ませた。
そして、テンプルに、拳を打つ。
しかし、杉浦は逃げなかった。顔面にパンチを放つ。
河野はそれを躱す。
杉浦はそれを追いかけた。
しかし、河野は、アッパーカットを決めた。
強烈な一撃だ。
だが、杉浦は倒れない。
なんて、タフな野郎なんだ。
杉浦は、河野の腕を掴み、自分の腰に、河野の腹をのせ、そのまま、投げた。
河野はキャンバスに尻を打ち付ける。
そして、その掴んだ腕を脇に挟み、背中の方向に腕を向けた。
アームロックだ。
腕を極められた。
なかなか抜け出すことができない。
まるで蛇に絡まれているようだ。
河野は、座った状態から極められていない方の手で、杉浦の、太ももに、貫手を放った。
杉浦は、アームロックを解除する。
河野と杉浦は向かい合った。
杉浦は拳を作り、ハンマーのように、上から下に、振り下ろした。
それを、河野は腕で受けるが、地面に衝撃を受けた。
ずん
拳の重みが体にのしかかった。
単純な力のみでの攻撃だ。
河野は、蹴りを放った。
杉浦の腹に、河野の足の裏が、めり込んだ。
しかし、堅い。
腹筋だ。
鋼鉄のシックスパックである。
河野の中段蹴りは、はじき返された。
杉浦も、河野に向けて蹴る。
河野は数メートル後ろに下がった。
しかし、ロープにはかからない。
ものすごい衝撃だ。
こいつが格闘のために鍛えていたら、どれほどの威力になっただろうか。
そんな考えが、一瞬よぎった。
拳を握っているが、掌がこちらに向かっている。
掌底だろうか?
しかし、彼は、素人だ。
だからとて、油断してはならない。
ストレートのパンチではない。
技ではない力はただの暴力。
これは、大竹が言っていた言葉だ。
いつ言われたんだっけか?
そんなことはどうでもいい。
暴力だろうと何だろうと、俺はこいつに勝たねばならないんだ。
一気に間合いを詰める。
河野は杉浦の頭を抱えた。
そして、その抱えた頭に、膝を喰らわせた。
杉浦の顔から出血。
続けて、ハイキックを放つ。
顎に命中した。
杉浦はダウンした。
脳はものすごく揺れている。
しかし、杉浦は立ち上がった。
眼の焦点が、合っていない。
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