第34話 安らぎ
「あともう少しで祝言か。ということはつまり、結婚してもう一年になろうと言うのか、早いね」
「そうですね。あっという間でした」
有馬様の病気が完治してから早一カ月。
いよいよ祝言まで残り三か月をきり、私達は祝言に必要な白無垢や指輪、引き出物などの準備を着々と進めていた。
「それにしても、祝言って結構用意することがたくさんあるね」
「そうですね。私もこんなに大変なのかと驚いていますが、奥様がお手伝いしてくださっているので助かってます」
「僕があまり手伝えないせいでごめんね」
「いえ。お仕事のほうが大切ですから。それに、今もこうしてお仕事の合間にお話ししてくださってるじゃないですか」
有馬様は完治してから、徐々にではあるものの千金楽家の跡取りとして旦那様から事業の引き継ぎを受けていた。
事業に関する勉強の合間に体力を戻すための鍛錬をする日々。病床中は私室に籠りきりのため私とずっと一緒にいたが、最近は有馬様が忙しすぎて休憩と食事、就寝時間くらいしか一緒にいられる時間が取れなくて、祝言の準備は主に私が進めている。
ちなみに、今もこうして鍛錬後の休憩時間に祝言の話し合いをしているが、あともう少ししたら有馬様は事業に関する話し合いのほうに参加する予定のため、あまり時間の猶予はなかった。
「でも、真直さんと一緒にいる時間が全然ないじゃないか」
「私は逃げませんから。祝言はまだですけど、既に結婚はしているのですからずっと有馬様のお側におりますよ」
「そうかもしれないけど、もっと側にいたいんだよ」
そう言って、ごろんと私の膝の上に頭を乗せ寝転がる有馬様。まるで猫のようだ。
「このあと旦那様のとこに行かないといけないのでしょう? 寝転んでいたら寝入ってしまいますよ?」
「大丈夫。真直さんが起こしてくれるから」
「もう、仕方ないですね」
近くに置いていた団扇を手に取り、寝転がっている有馬様を扇ぐ。有馬様は気持ちよさそうに目を閉じると、スヤスヤと寝入り出した。
束の間の、二人だけの安らかなひととき。
(寝顔はとても幼く見えて可愛らしい)
そんな可愛らしい寝顔をまじまじと見つめながら、そういえば有馬様の顔にもだんだんと慣れてきたなぁと、優しく有馬様の髪を撫でていたときだった。
「有馬様、おられますか?」
襖の外から声がかけられる。
声から察するに、恐らく花だろう。
「花? 有馬様ならここにいらっしゃるけど、どうしたの?」
「そうでしたか! 失礼してもよろしいでしょうか?」
「急用?」
「はいっ!」
急用、と言われてしまったら仕方ない。
正直この状況を見られるのは抵抗があるが、急用であるならそんなこと言っていられないだろう。
「どうぞ」
私の声に合わせて、「失礼します」と入室してくる花。私達を見るなり、「あらっ」と口元を緩めるのが見えたが、あえて気づかないフリをして「それで、どうしたの?」と花に尋ねた。
「それが、有馬様に来客が」
「来客?」
「はい。実は、お医者様がいらしておりまして」
「お医者様? 先生がいらっしゃったってこと?」
「いえ、そちらではなく。以前通われていた清水様がお見えでして……」
「清水医師が?」
(一体何の用事だろう……?)
有馬様から特に聞いてはいないが、事前に約束などしていたのだろうか。そもそも有馬様の病気は完治したのに、清水医師が有馬様に一体どんな要件があるのか。
前回怒鳴られたこともあって、ちょっとだけ不信感を抱いてしまう。
(とにかく有馬様を起こさないと)
「有馬様、起きてください。有馬様」
「……ん? もう時間かい?」
数度揺すると、まだ眠いのか瞼を擦りながらうつらうつらとしている有馬様。舌ったらずな喋り方で、まだ寝ぼけているようだ。
「いえ。有馬様にお客様です」
「んー……お客様? 誰かな?」
「それが、以前通院されていた清水医師様だそうで」
「うん……? 清水医師? あれ、僕……会う約束してたっけ?」
「私は存じ上げてませんが」
「んー、何だろう。とにかく待たせたままでは悪いから、すぐに向かうよ」
むくりと起き上がると、ゆったりとした足取りで部屋を出ようとする有馬様。
その背中を見ていると、いてもたってもいられずに「有馬様っ」と名を呼んでいた。
「うん? 真直さん、どうかした?」
「えっと、私も同席してもよろしいでしょうか? 前回のことをお詫びしたいので」
言い訳だ。
本音としては、清水医師に対して少なからず不信感を抱いているし、あのときの悪意の真意が気になっている。
だからこそ、会ってこの気持ちが正しいかどうかを確かめたかった。
「別に真直さんが詫びる必要はないと思うけど……」
「今までお世話になったことも含めてお礼もしたいですし、ダメでしょうか?」
「そりゃ、ダメじゃないけど。じゃあ、行こうか」
有馬様が折れる形で許可が出る。
私はすぐさま有馬様のあとに続くような形で私室を出た。
(ただの杞憂であればいいけど)
妙にソワソワとした気持ちになりながら、私は有馬様のあとをついていくのだった。
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