第24話 病院

 流れていく景色に目を奪われる。

 自家用車に乗るのは今回で二回目だが、それでもやはり車に乗るのはワクワクした。


「ふふ。真直さん、楽しそうだね」

「……っ!? 申し訳ありません。つい景色に気を取られてました。有馬様は体調いかがですか? 車酔いなどはありませんか?」

「大丈夫だよ。車から見る景色楽しいよね。僕も車窓から外を見るの好きだよ。真直さんの楽しそうな表情を見てるほうがもっと楽しいけど」

「も、もう。揶揄わないでください。もし体調が悪くなったら、すぐにおっしゃってくださいね」

「うん」


 有馬様はそう言って笑うと私の手を握る。

 その手はいつもよりも少しひんやりとしていて、態度とは裏腹にちょっと緊張してるのかと思うも、有馬様の表情からは窺い知れなかった。


 というのも、今日は有馬様の定期検診の日。

 二ヶ月おきにかかりつけのお医者様のところに通っているそうなのだが、今日がその健診日で病院がある都まで朝から車で向かっている。


 私が嫁いで来たばかりのときに比べて最近は咳込むことも減り、体温もほぼ一定。肌の荒れもだいぶ引いて食欲も良好と有馬様の体調はすこぶる良くなって安定してきているようで、恐らく快方に向かっているだろうというのが千金楽家みんなの見解だ。

 そのため、今日の診察結果はいいものではないかという期待がみんなの中にあった。


(もう少しで全快……とかだったらいいけれど)


 気が早いが快気祝いは何にしようかなどと勝手に考える。有馬様が行きたがっていた百貨店や釣りなど、今まで行けなかったところも行けるようになるのかと思うと、とても楽しみだった。


(今まで我慢してたぶん思いっきり楽しめるようになればいいけれど。でも、よくなっていることはあれど、悪くなっているはずはないわよね)


 そう思うからこそ、期待に胸が高鳴る。

 さすがにすぐに万全の状態にならないにしても、希望が見出せるだけで有馬様の生きる活力になることだろう。


「結果がいいといいですね」

「そうだね」

「絶対よくなってますよ! ねぇ、奥様!」

「そうね。以前とは比べ物にならないくらいよくなってるもの。こうして出歩けるまで回復してるのだし。有馬が元気になったら、早速祝言を挙げて、新婚旅行の準備をしないと。そして、ゆくゆくは孫が抱けるのかもしれないのでしょう? そしたらお世話をして、あちこちに連れてって……あぁ、楽しみだわ〜」

「奥様、気が早すぎですよ」


 付き添いの花と奥様も期待に胸を膨らませている様子で表情は晴れやかだ。

 長かった闘病生活。そのぶん千金楽家の人達は私よりも有馬様の全快は待望なのだろうと思った。



 ◇



「わぁ……! すごい大きな病院ですね」

「えぇ、立派な建物よね。これでも個人病院なのだからすごいわよね」

「これで個人病院……」


 病院に着くと、その大きさに圧倒される。

 近くからだと見上げてもてっぺんが見えないほど大きな建物。しかも、新築なのかというくらい綺麗だ。

 以前母が通っていたこぢんまりとしていた病院とはかなりかけ離れていて、華族の大豪邸だと言われても騙されてしまう自信があるほど、立派なお屋敷の病院だった。


「では、参りましょうか。一応予約してはいるけれど、とても人気の病院で多分待たされるでしょうから」

「そうなんですね。あ、有馬様どうぞ手を」

「ありがとう、真直さん。今日は付き添いよろしく頼むね」

「はい。お役目しっかりまっとうします!」

「ははは、頼りにしてるよ」


 今回は奥様ではなく妻である私が診察室への付き添いを仰せつかっているため、私が意気込むと表情を和らげる有馬様。

 有馬様を支えるために手を取ると、先程に比べて多少手が温かくなっていて、ちょっとでも緊張が解れてくれたら嬉しいと思いながら病院の中へと入った。


「すごい人……ですね」


 入るなり飛び込んできた景色は、人、人、人。

 病院……しかも個人病院なのに、こんなに人が集まるものなのかと思わず目を疑った。


「いつもここはこんなだよ。みんな予約して来てるのだけど、いつも混雑しているんだ」

「とにかく、まずは席を見つけましょうか」

「そうね。そうしましょう」


 千金楽家の人達は慣れた様子で席を探し始める。私は今まで見たことないような異様な光景に内心圧倒されていた。


(何でだろう……? ものすごく胸が騒つく。苦しい)


 悪意を感じていないはずなのに、悪意を感じているときと同じような感覚に苛まれる。

 不躾にならない程度にちらっと周りの様子を伺うと、みんな有馬様くらいの若い方が多いように見えた。いずれも身なりがとてもよく、どうも一定の富裕層の方が多く通う病院らしい。


(こんなにも年配の人が少なく、若い人が多いのも珍しい)


 今まで通ってた病院はどちらかと言えば幼子や年配の人が多かったように思う。どこの病院も混雑することはあれど、椅子が埋まってしまうほどの混雑は滅多になかった。

 しかも、予約をしているというのだから尚更だ。


(伝染病……ってわけでもなさそうだけど。みんな有馬様のように通院されてる方達なのかしら? だとしたら、みんな不治の病……? いえ、まさか。そんなこと……)


 とはいえ、どこからどう見ても有馬様以外はほとんどが顔色が悪い。まだ若そうなのにみんな枯れ木のように痩せ細り、真っ青な顔で咳き込む姿を見ると何とも言えない気分になってくる。


(とにかく勝手に推察したってダメよね。他の方はともかく、有馬様は治ってきてるのだもの。きっとよい診断結果が得られるはずだわ)


 胸が騒つくのを、私は気づかないフリをして平静を装うのだった。

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