第6話 これが第一歩
社長の山田さんに続いて入った大会議室での朝礼が終わった。最後に俺が今後について仄めかすような発言をしたら、隣にいる冬樹達も驚いた顔を向けてきた。お二人さんや。もう俺の見据える未来にがっつり組み込まれてしまっているのだ、逃しはしないぞ? と、少し腹黒い自分が出てきたが後悔はさせない。
社員の皆さんはいつものように働くようなので、ここからはそれを遠目に見学することになる。熱気に包まれていた会議室に静寂が戻ると山田さんが近づいてきた。
「その、我が社を代表するものとしても私個人としても応援していますからっ!」
さっきの発言に夢を見てくれたのだろう。その言葉をしかと受け止めて感謝を返す。それから、俺たちも生産工場の方に向かうことになった。
工場では主にネジなどのパーツを作っているらしい。製造工程や検査を過程を見学していると、最後に質問をくれたお姉さんを見つける。
ちょっといたずら心が湧いた俺は、一応お姉さんの周りに危険なものがないか確認をしてから手を振る。そして、視線を誘導し人差し指を向ける。 「バーン」そう小さくつぶやきながら銃を撃つマネをしてみた。
「「「「あ、」」」」
ほぼみんなが口にしただろうか、それと同時にドサっと音がしてお姉さんが倒れる。やってしまった。俺の指から鉛が発射されたわけはないが、十分すぎる威力があったらしい。幸い怪我はなさそうだが、流石にこれからはTPOを弁えなければ二次災害で大変なことになりそうだ。
軽く頭は下げておいたが、昼食の時にでもしっかり謝ろうと思いながら、また見学へと戻る。
「ふぅ、色んなことが知れて楽しかったけど、僕はもうお腹空いてきちゃったよ」
大きなモニターを用いて、山田産業の歴史、地域社会にどのような貢献をしていくのかなどの座学的な時間も終わった。残すところは昼食だけになり、冬樹の言葉に全員が頷きを合わせた。
「今日は皆さんがいらっしゃるので、いつもより豪華なメニューにさせて貰いました。お口にあえばいいのですが」
先ほどまでお話をしてくれていた半田さんが少し自信なさげにしているが、育ち盛りの俺たちが美味しく食べられないものなんてほとんどないだろう。
「ボクたちトマト以外のものは全部食べられるから、心配しなくていいですよ」
「ははっ、そのトマトが食べられないのも、冬樹だけなんだけどな」
気を遣う透の言葉に追撃を入れると、なんでわざわざ言っちゃうのさっ!? といわんばかりの顔を向けてくるが無理して食べることになるよりはマシだろうと無言で微笑みかけてやった。
「なんというか、お三方を見ていると不思議な気持ちになります。本当に仲がよろしいのですね」
確かに、今日はずっと敬語でばかり話していたし砕けた話し方をするのは二人にだけだ。それに好き嫌いを把握しあっているというのも微笑ましく映るんだろうか。
「では、用意が出来たそうなので食堂へ向かいましょう」
食堂に入ると、机がそれぞれくっつけられており、三つの大きな塊を形成していた。そしてそれぞれに誕生日席があり恐らくはそこに俺たちが一人ずつ配置されるのだ。
「皆さんは女性に恐怖を抱かないと事前に聞いていたので、このような形を取らせていただいたのですがよろしいでしょうか?」
俺と透は大丈夫だが、冬樹は緊張で箸が進まないかもしれない。顔を見てみるが、どうやらその予想は外れ。
「来年からは僕も一人で奉仕活動に行かないといけないからねっ 練習だと思って頑張るよ」
「そっか、あの引っ込み思案だった冬樹がねぇ~ お兄ちゃん感動しちゃった」
「ちょっと! 星は少し誕生日が早いくらいで同い年でしょ?!」
もう席には社員の皆さんがついているというのにそんなやりとりをしていると微笑ましそうな視線が俺たち二人に向けられていたことに気づく。一人それを少し離れた所から見ていた透と目が合うと、心底面白そうな顔をしている。お前はこの状況になるのが分かってて笑ってるだろ。
なんだかんだいつも通りの俺たちだなと思いながら、それぞれの席に向かう。
「食事の挨拶とか貰えたりするかな?」
「もちろん」
少しフランクな口調になった山田社長のお願いを二つ返事で了承する。ここからはグループごとで進んでいくようで冬樹たちも同じようなことを頼まれていた。
「じゃあ皆さん、午前のお仕事お疲れ様です! 午後からも頑張れるように沢山食べましょう」 「いただきます!」
「「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」」
目の前に用意された昼ご飯を一斉に食べ始めた社員の皆さんを見てから俺も口をつける。メインに大きなステーキが主張するその昼食を勢いよく食べていく女性たちをみて、この世界の価値観の違いにまた少し触れた。給食の時間、クラスメイトの女子がおかわり戦争をする姿をみて、前世ではありえなかった光景だと思ってはいた。
そしてステーキをガツガツ胃の中に放り込んでいく彼女たちもまた、俺にはまだ珍しいものに映る。この世界に来てから十五年が経つが、俺はまだこの世界の女性がどんな悩みを抱えて生きているかその多くを学校の中での生活からしか想像ができなかった。
しかし、今の日常を一歩飛び出し、この世界の当たり前にまた新しく出会えたことを喜ばしく思う。
「食べないんですか?」
俺の席から最も近い場所には右手側に山田社長が、そして左手側には先ほど指銃被害にあったお姉さんが座っていた。俺が謝りたい旨を事前に伝えていたから、決して位が高いわけではなさそうなこのお姉さんが隣にいるんだと思っているが、先ほどから一切手が動いていない。しばらくは様子を見ていたが流石にこちらから声をかけてみることにした。
「あ! あ、あひゃい! たべ、たべます。はい、オ・オイシイデスネ~」
美味しいという言葉とは裏腹に、未だに口に何かが入った様子はない。俺は鈍感系主人公でもなんでもない。このお姉さんが俺に恐らく恋愛以上の思いを抱いていることには気づいている。今は特定の人物とそういった関係になるつもりはないが、役得をお届けすることはしようと思う。
「ほらそんな緊張ばっかして、ご飯食べないとこの後また倒れますよ? こっち向いてください」
ギ・ギ・ギィと、首が錆びてしまったかのような動きとともにこっちを向き、顔を合わせ続けて言う。
「はい、あーん」
――パクッ――
本能だったのだろうか、俺のステーキをそういいながら近づけるとお姉さんは差し出されたそれを口に入れ飲み込んだ。
先ほどまで勢いよく箸を進めていた女性たちはみなこちらに視線を寄越して一瞬の静寂が生まれる。
「美味しい......」
そして、堰を切ったように食事を始め、すぐに食べ終える。その姿を俺は呆けて眺め、近くにいた同僚が突っ込む。
「お前、誰の食ってんだ! 馬鹿野郎っ」
そう、お姉さんは目にも止まらぬ速さで食べ終えたのだ。俺のステーキを。
「ハッ! 私はなにを、?」
続けざまに謝ろうとしてきたので俺はそれを止める。
「じゃあ、俺はお姉さんのやつ貰いますね? まだなにも手がつけられてないですし」
結局謝ろうとしていたのはこちらなのに、おかしな展開になってしまった。しかし、十分面白かったので同僚の皆さんにも問題ないと改めて伝え、うやむやになる前にこちらの謝罪はしっかりと終えて俺は食事を済ませた。
――――――――――――――――
「皆さんがあまりに無警戒に過ごすので内心ヒヤヒヤでしたが、奉仕活動はこれで無事終了です」
結局色々あったが、初めての奉仕活動はこうして終わりを迎えた。目立たないようにしながらずっと近くで警護してくれていた汐崎さんに心の内を告げられたが、どちらかといえば奉仕活動が本格的に始まるのはここからの六年間なのだ。今日でしっかりと慣れて貰えただろうか。
「お姉さん達、警護官として皆をしっかり守ろうと見ていたけどすっかりファンになっちゃったわ」
よく見ておいてと車から降りたとき伝えたのだ、その言葉を聞いて素直に嬉しくなる。今日の奉仕活動では山田社長も、半田さんも、随分とからかってしまったお姉さんや社員の皆さんからも有難い言葉を沢山かけてもらった。この貞操逆転世界での第一歩は大成功だったと言えるだろう。
ただ、日比谷お姉さん。言葉だけなら三人に向けて言っているように聞こえるが視線はずっと透に固定されているよな? 完全に透ファンといった目をしていらっしゃる。
「じゃあ、優香お姉ちゃんはボクのファン第一号だね?」
――ブフォォッッ!!!――
「「「「あ、」」」」
俺たち三人の声と汐崎さんの声が重なる。鼻血を噴き出して倒れた彼女を見て駆け寄る汐崎さんを横目に、分かっててそういうことを言う透はやはり天性の女たらしだと俺は認識を強めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
よ、ようやく奉仕活動が終わった......
メインの舞台は高校に主人公たちが入ってからなので明日中に一気に残りの三話ほど公開してしまおうと思います。(別に書き終わっているわけではない)
そういうわけですので、皆さんこの作品が面白い! 続きが読みたい!
と思っていただけたらブックマーク、☆、♡の評価。コメントなどなど応援お願いします!
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