第3話 異界生物調査員
誰が追いかけてきているのかも分からず走り続ける。
「私、何も知らない!なんで追いかけられなきゃ、っ」
鍛えているだろう大人にまだ12の子どもが勝てるはずもなく、すぐに追いつかれた。
無表情で腕を掴み、引きずられる。当然加減は無く、痛い。
「や、めてください。待って待ってやめて!」
必死に身をよじり抵抗するも、ジョキリ、と残酷な音をたて切られ、頭は重力に従って床に打ち付けられる。
彼女は悲鳴のような声をあげ、必死に髪を拾い集めた。
どうしよう、お母さんに怒られる。最期に褒めてくれた髪なのに、初めて褒められた取り柄だったのに。
小さな体をじわじわと痛みが蝕み、暴れ出した手足は簡単に押さえ込まれる。
男は縋るような目を無視し、既にぼろぼろの服を脱がした。
『異界研究所』
入口の上には、大きくこう書かれていた。
いや、書かれてはいない。
思念を薄く伸ばして貼り付けてあるような、次元が違う技術でそう伝わってきたのである。
研究所は黄色と赤の中間で、しかし
角は丸いが全体的に四角く、窓はやはり六角形。あの幾何学模様の膜も張ってある。
美緒はひと通り観察した後、星研究者に手を振り、中に入っていった。
『噂によると、お前の前任は随分と悲惨な死に方をしたらしい』
直属の上司——槌先輩は、開口一番言い放った。
少女は元々良い姿勢をさらに正し、真剣な表情を作る。
『……?世間話は嫌いか?』
(え、世間話?)
ツッコみたい気持ちを抑え、美緒は笑みを浮かべた。
「いえ、なるほど。危険な仕事なんですか?」
『真面目だな。さっそく仕事について知りたいのか』
微妙にずれている槌先輩は、いそいそとパネルを取り出した。
そのまっさらな板には何も書かれていない。
何をするのかと思えば、彼は唐突に体内から何かを取り出し、パネルに置いた。
曖昧で視認しにくいが、丸い鏡のようなものだ。
物理法則どころではなく全てがおかしい。
だが順応力の高い美緒は、はやくも受け入れ始めていた。
それを見て浮かんできたのは、少女をこの世界に連れてきたあの爪。
「きゃ、!」
さすがの美緒もトラウマらしく、反射的に傷つけられた手を庇う。
なりふり構わず逃げ出さない余裕があっただけすごいと言えよう。
槌先輩は言った。
『それは見た目通り爪の神だ。他にも、様々な神やら上位存在やらが世界に干渉する。箱庭を作って、そこに生き物を放り込む遊びだと思えば良い」
タン、タン、と小気味良い音が鳴る。槌先輩の特徴だ。
『我々の仕事は異界から来た生き物、外来生物の目撃情報を元に調査することだ。現地へ一番最初に近づくのだから、無論それなりに危険。ちなみに前の060——今はお前だ——は、調査中に異界へ迷い込んだらしい』
「どうしよ…」
少女は案内された部屋に座り込み、考えていた。
(想像してたように、捨て駒にされるわけでは無さそうだけど…。改めて危険を聞くとなぁ)
『お前の故郷、特に怪力の持ち主が多いらしいな。まあ、まだ観測できていない異界だ。はっきりとは言えないが』
(重力って概念知らなそうだし、ああいう扱いになるのも無理ないか。外来生物が槌先輩ほど弱いなら案外倒せそうな気もする)
美緒は、自分が軽々と持てた椅子を持てなかった彼を思い浮かべた。
永田美緒 : そう言えば、怪我はいつの間にか治ってたなぁ。
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