ミオの不思議な異世界旅〜ヤヒメ編〜

マリー

第1話 神隠し

柔らかな日の光が差し、草木のぞぞめく境内。

赤い鳥居に古い賽銭箱、敷き詰められた白い砂利。


少女——永田美緒は、いつの間か神社に佇んでいた。

(夢遊病にでもかかったかなぁ)

「!うわ、っ」

鳥がバサバサと音を立てて飛んで行った。

穏やかな風景とは対照的に、鳥肌が立つような、生暖かい風が吹き抜ける。


耳元で鈴が鳴った気がした。

聞こえたのではない。あの、独特の余韻。

すっと体が冷え、思考が澄む。あの瞬間だけが、唐突に訪れたのだ。

ふと意識が遠のく。瞬きする間に頭が溶け、そして再構築された。


何もかもが変わったような、何も変わらないような、不思議な空間。

(さっきのところ?あれ、鳥居のところに何か…)何の違和感もなく、遥か昔からそこにあったように、“それ”は現れた。

見たことのないほど白い5本の爪。地面から生えているわけでも、宙に浮いているわけでもなく、ただそこにある。

ここはどこで、あれは何だろう。

パニックを起こしても仕方のない状況だ。

それなのに、全く知らないはずなのに。

未確認物体であるはずの“それ”は、肉親や恋人に抱くような親近感を覚えさせる。


それに気づいた時、体が震えだした。

経験のない感情に身を震わせ、恐怖に犯されたその思考が、“それ”の色に塗りつぶされる。

突然、体がすっと動いた。自分の意思でしているはずなのに、コントロールが利かない。

どうしよう、どうしよう!

そんな焦りとは裏腹に流れるように動いた手は、愛しい人の頬を撫ぜるように、そっと“それ”に触れた。


途端に、“それ”はゆるりと動き、私の手を挟む。

暫く干していない布団。

洗いたてと見た目は変わらないはずなのに、嫌悪感を覚える汚いもの。だが、それと同時に、まるで自分の一部かのような馴染み深さを覚える。

“それ”は、そんな存在であった。

ヤバい、と思えど体は反応せず、指が潰れていくのが見えた。

「い、たぁい゛!!助けて、助けて、助けて!」

悲鳴をあげながら引き抜こうとするが、鋭利な爪はしっかりと手に突き刺さっている。

周りの空気が震える。私の行動を楽しげに観察しているような感覚だ。


「あ゛」

臓の奥から絞り出されるかの如き声であった。

既に掌を貫通していた爪が引き抜かれ、今度はそっと、腕を掴まれた。

期待と本能的な恐れ、そして“それ”と関われる事への喜び。

頭が狂いそうな緊張感に、目の焦点が合わない。

ぽろっと涙がこぼれた。

僅かに意識が揺らいだ瞬間、私は前腕を挟まれ、宙吊りにされていた。

肩が裏返ったような痛みと、さらに腕にかかった負担に、肩が外れたのかな、とぼんやり思う。


刹那感じた浮遊感。

気づけば美緒は、濁った水の流れる大きな川の岸に、放り出されていた。



永田美緒 : 私の部屋で眠りについたはずなのに……何でこんな事に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る