魔法使いとアンドロイド

藤原くう

第1話

 これから話すことは、むかしむかし……というほど昔じゃないし、ある場所《っていうのはココのことで起きたことなんだ。


 でも、たぶんみんな信じてくれないと思う。それくらい、あり得ないことが起きた。


 ぼくがゴルディロックという女の子に出会ったのは、今日みたいに星がキラキラかがやいていた夜のこと。


 空を真っ白にめあげるくらい強い光とともに、星の海の彼方かなたからやってきて、っていった女の子。


 流れ星のように落ちてきた彼女のことを今から話そう。






 そのとき、ぼくはゴーレムをつくっていた。


 ゴーレムっていうのは使いみたいなものだ。使い魔法まほうを使えばやってくるけれど、ゴーレムはぼくがつくる。


 粘土ねんどで手のひらに乗るくらいの人形をつくったとす

る。たぶん、キミのは動かない。ぼくのもまだ動かない。首の後ろに魔法まほうの文字を書くと、ほら、おどる人形が生まれた。


 ぼくがつくっていたゴーレムは、ぼくよりもちょっと大きな女の子。エッチなことを考えてたわけじゃなくて、たまたま女の子のかたちをしたぞうを見つけたんだ。オリハルコンっていう金属でできていて魔法まほうでもこわせないくらい頑丈がんじょう。その代わり、つぶれちゃいそうになるほど重かった。


 だから、空中にかばせながら、ここまで運んできたのが一週間くらい前のこと。


 で、ゴーレムにしようとしてるんだけど……。


「なんでならないのかなあ」


 ぞう首筋くびすじにうんしょと魔法まほうの文字を書く。動けとねんじてもぜんぜんダメ。つま先立ちで書いてるせいで文字がプルプルふるえちゃってるのかな。


 くらやみの中でもまっすぐ立つ女の子は、月の光をびてキラキラ金色にかがやいていた。その目はどこまでも遠くを見ており、ぼくの方はちっとも見てくれない。


「はあ……」


 消したり書いたりするのにもつかれてきて、ぼくは羽ペンをほうり投げて、草原そうげんへゴロンと寝転ねころがる。


 空には、星が数えきれないほどある。キラキラと楽し気に笑っているみたいで、ぼくみたいに一人でいるやつはいない。


「いいなあ」


 ついそんな声を出してしまう。なさけないなあ、なんて思いつつも、そんな姿すがたを見て、笑ってくれる人さえいないと思うと、ますますかなしくなってきた。


 目から水がポロポロあふれてきそうになって、まぶたをギュッとじようとした。


 まさにその瞬間しゅんかん、それに気が付いた。


「あれ?」


 空にかぶ星の1つが、大きくなっていた。見間違みまちがいじゃないかと思って、じっと見つめていたら、さらに大きくなった。


 ぼくは起き上がってその光を観察かんさつしてみる。


 時間が進めば進むほどに、光は大きく強くなっていく。ほかの星を食べているかのようにおおかくしてるみたいに。


 びゅうと風が吹いた。


 ……ものすごくイヤな予感がする。


 ぼくは、女の子の像を魔法まほうで持ち上げようとしたけれど、できない。魔法まほうの使いぎでつかれちゃったんだ。


「ごめん」


 ぞうあやまってから、自分の家へとけ出す。


 今や、空は昼間のように明るくなっていた。いつもなら夜空と同化どうかしている黒いとうも、光にらされて、はっきり見えた。


 そのとうへと入ろうとしたところで。


 ドーン!


 背後はいごから、ドラゴンのれがしろ突進とっしんして粉々こなごなになったみたいな音がした。同時どうじに、ビュウと強い風が吹いたかと思えば、ぼくはちゅうっていた。


 視界が回りに回って、世界せかいがぐちゃぐちゃにとろけていく。


 そのまま、ぼくのからだはソファにスポッとぶつかる。ここにソファを置くことにした昔のぼくに感謝かんしゃしたい。


 我慢がまんしながら立ち上がる。開きっぱなしになったとびらの向こうは、真っ暗。朝日みたいな光はどこにもない。


 ……ううん、違う。暗やみの中でパチパチなにかがえている。


「なんだろ」


 ぼくはその火へと近づいてみることにした。その赤ちゃんのような小さな火は、そこにたおれていた一人の女の子をやさしくらしていた。


 金色のからだではなく、ダイヤモンドよりもずっとかたいわけでもなくて。


「ヒト……?」


 ぼくは思わず、そうつぶやいた。






 その女の子は、はじめてたヒトだった。


 ぼくは目覚めざめてからというもの、ヒトにあったことがなかった。いるのは、エルフとかドワーフとか、手のひらに乗れるくらいの妖精ようせいとか、もしくはドラゴン。純粋じゅんすいなヒトはぼくくらいだ。


 でも、その子は間違いなくヒトだった。


 女の子はなんだか変な服を着ていた。全身を黒い布? まくのようなものでおおっていた。見るからにうすくて、寒くないのかと心配になる。でも、気にせず眠ってるってことは、たぶん大丈夫なんだろう。


「なんでこんなところに」


 女の子がたおれていたのは、ぼくがゴーレムをつくろうとしていた場所だった。一瞬いっしゅん、あのオリハルコンでできたのぞうががヒトになったんじゃないかと期待きたいしたんだけど、服装がまったくちがった。


 というか、あのぞうはどこに行っちゃったのか。


 きょろきょろと探していたら、あった。ホッとすると同時に、ゾッとした。


 だって、金色のあしだけがにょきっと地面から伸びてたんだ。逆立さかだちしている間にめられちゃったみたいに、上半身だけが見えない。思わずって、あしをそっとつかんで引っ張ってみるけれど、抜けない。


 今できるかぎりの魔法まほうを使ってみたけれど、それでもぞうは抜けなかった。


「もうどうなってるんだ……」


 いきなりやってきた光と、たおれている女の子と、地面に突きさっているぞう


 いろいろなことが起きすぎて、頭がバクハツしちゃいそう。


 ぼくはとりあえず冷静になろうと、とうもどろうとした。くるりと、その場で回れ右をしたら、そこに女の子が立っていた。


 さっきまで目を閉じてたおれていた女の子が。


 ギャッと自分でもびっくりしちゃうような悲鳴ひめいが飛び出た。その声にさえおどいて、ぼくはその場で飛びあがる。


 女の子は、ぼくのなさけない姿すがたを見ても表情を変えない。


「あの、ここはいったいどこなのでしょうか」


「どこって……」


 説明せつめいしようとして、ぼくはどうすることもできないことに気づいた。ここはたび途中とちゅうで見つけた場所で、だれもいないから勝手に使わせてもらっているのだ。


 後ろにたつ黒いとうは、ぼくが建てたわけじゃない。ソファとかは自分で運んできたけれど、本棚とか研究室とかは前の人が使っていたものだ。


 そういうわけで、ぼくはここらへんのことにくわしくない。くわしくないのはこのあたりのことだけじゃないけれど。


「ぼくにもわかんない」


「そうですか。では、何かエネルギーになるものはお持ちではありませんか?」


「えねるぎーってなに?」


 はじめて聞いた言葉で、ぼくは逆に質問してみることにした。女の子は目を丸くさせたけれども。


「何かを動かす力のことです。今はエネルギーを生み出すものが欲しいのです」


 きゅるるるる、と女の子のおなかから鳴る。立派りっぱはらの虫の鳴き声だった。


「このままでは、宇宙へ戻ることができません。そうなると、私は仕事ができません。それは困ります」


「うちゅう?」


「空に広がる星の海のことです。ご存じありませんか?」


 上を指さす女の子に、ぼくはうなづく。はじめて聞いた。


 でも、それってつまり。


「キミは空から来たの?」


「ええ。宇宙の彼方かなたから」


「なにしに?」


「探査をするために。私は深宇宙探査アンドロイドですので」


 両腕を組んで、エッヘンと女の子が胸を張った。


 でも、ぼくには何がなんだかわからない。


 しんうちゅうたんさあんどろいど。


 その言葉が、右耳から入って左耳へと抜けていく。カエルの歌みたいにりかえして、と言われてたら、ぼくはかなり困っていたと思う。


 女の子はそんなことはしなかった。


「覚えにくいのでしたらゴルディロック……ゴルディとお呼びください」


 原住民族さん、とゴルディが言って手を差し出してきた。


 その言葉の意味は分からなかったけれど、ぼくはその手を取った。


 キュッと手をにぎれば、ほんのりとした熱が伝わってくる。それがぼくが一人ではないということを教えてくれているみたいで、うれしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る